とある喫茶店でバイト中のウェイトレス・A子には最近気になることがあった。それは同じ職場で働く同僚のことである。
彼は日本人ではなく、職場ではランサーと呼ばれていた。端正な顔に青味がかった長い髪が見事な伊達男だ。彼女いるのかしら、とか、いいえ所帯持ちかもよ、とまことしやかに噂されるほど女子たちには人気で、その紳士的な態度とひとなつこさから女性客からの評判も高かった。
そのランサーが最近元気がない。何故かと聞けば夏バテだと言う。やはり日本の暑さには慣れないのか?むしむしとした湿度の高い暑さは苦手な国の生まれなのかもしれない。
「気をつけて下さいね。水分とか取るといいですよ」
「ああ、サンキュ。気をつける」
にっこりと微笑したランサーに、A子は小さな胸が高鳴るのを感じたのだった。


さて、一方大きな胸の弓子さん、もといアーチャーさん。
彼女は伴侶であるランサーの帰りを待っていた。彼女らの住居、衛宮邸は夜のせいかしんと静まりかえり人の気配はない。玄関の鍵は開けてある。帰ってくるのはもはやランサーだけだ。
ちくたく、ちくたく、と時計の針の音。
「遅い」
ぽつり、と声に出してつぶやく。
そうするとまるで自分が待ってしまっているみたいで少し腹立たしくなった。本当に、女という生き物は勝手だ。
「……ばか」
腹いせのようにつぶやくと、がらがらと戸が開いて、人が家の中へと入ってくる気配がした。
アーチャーはちゃぶ台に手をつき立ち上がりかけて、すぐに体勢を戻す。たゆんと胸が揺れたがかまわない。それよりも待ってましたと言わんばかりに飛び出していくほうが恥ずかしい。
そう、狗ではないのだから。
「あーちゃー…………」
「帰ったか。……おかえり」
「帰ったー」
居間へと入ってきたランサーは、仁王立ちで待ち構えていたアーチャーの胸元へと倒れこんできた。小柄な体は大柄なそれを受け止めきれずに少しよろめいたが、ランサーがぎゅうと抱きしめたので倒れるなどとみっともない真似をしないで済む。
たわわな胸の間に顔を押しつけて、ランサーは言い募る。
「疲れた。あちい。客商売は嫌いじゃねえけど日本の夏は嫌いだ。んで、おまえの胸は大好き」
「日本語が崩壊しているぞ、ランサー。そんなに暑いのか」
では離れたまえ、などと言うアーチャーにやだ、と返してランサーは胸に顔をすりつけた。「あ、」少し敏感な場所に鼻先が触れて、アーチャーはぴくんと背中をのけぞらせてしまう。
「ゆ、夕飯は……?」
「食欲ねえ。……おまえが食べたいな。アーチャー」
「! たわけ……っ」
叫ぶが早いか、シャツのボタンを口で外されてしまってアーチャーは叫ぶ。さすが最速の英霊、などと今ばかりは褒めていられない!
「ばっ、か、あんっ!」
みっともない声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。誰もいないとはいえ、人口密度が高い家だ。むやみに大きな音などを出したら、誰が起きてくるかわからない。
「ラ、ランサー、いやだ」
「あ? いやだって、オレがか?」
「そうじゃなくて! ……声がっ、出る! ……だから……」
「ああ、そうか。……でも悪いな、これからオレの口はおまえを食うのに忙しいんだ。だからな、おまえの口は自分で押さえててくれるか?」
「な……!」
「できるだろ? ―――――いい子だ、オレのアーチャー」
アーチャーは驚愕して、目を見開いて、それから目をぎゅっと閉じた。
「ばか……っ!」
そして、さっき言えなかった言葉を、本人に向かって小さな声で叫んだのだった。


「あれ?」
今日もバイトだ。
暑い中出勤してきたA子は、その異変に気づく。隣でケーキの在庫を確認しているB子にたずねた。
「ねえ」
「なに?」
「ランサーさん、なんだか今日はすごく機嫌よさそうじゃない? それに体調も良さそうだし」
「ああ、そうよね。なんだか聞いた話だと、夏バテ克服したんだって。すごく栄養のあるもの、見つけたらしいわよ」
「へえ……私も聞いてみたいな」
それってなんだろう、とつぶやいたA子に、ヒミツなんだって、とB子は答えたのだった。



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