「アーチャー、あなたの料理はとても美味しい」
騎士王セイバーは箸を器用に操って色とりどりのおかずを平らげていく。アーチャーはマスター、遠坂凛に用意された猫柄のエプロンを外しながら苦笑した。
「王に賞賛されるとは、光栄だな」
それにしてもよく食べる―――――とアーチャーは思う。彼女のマスターが未熟であり、魔力の供給が上手く行かないからとはいえ。
量だけを求めるのならばまだよかった。そうではなくて、セイバーは雑なものは食べないのだ。だから衛宮士郎と遠坂凛の作戦会議中はこうしてアーチャーが腕をふるっている。
“悪いな、アーチャー。あ、上のほうの皿、届かないだろ。出しておくか?”
キャスターに呪いをかけられ女の身となってから、衛宮士郎はやたらとアーチャーに甲斐甲斐しい。やれ高いところは危ないから屋根に登るなだの(ならどうやって見張りをしろというのだ)戦いで前線に出ようとするなだの(これに至ってはもうこちらを馬鹿にしているとしか思えない)と。
それをセイバーに愚痴れば彼女は金色の髪をもてあそびながら、
『シロウはわたしにも同じようなことを言った』
まったく仕方のないひとです、というかのように遠くを見ながら言った。なるほど、彼女も辟易していたようだ。
剣であろう、騎士であろうとするには衛宮士郎のポリシーはひどく鬱陶しいらしい。
―――――。
過去のことは考えないようにしよう。恨みが募る。
「アーチャー」
振り返る。
居間ではセイバーがテレビを見ながらくつろいでいた。バラエティ番組でも垂れ流しているのか、流れてくる音は少々騒がしい。
「なにかね」
「後片づけは後にして、あなたもこちらへ来てください」
「ひとりに飽いたのか?」
「あなたをねぎらっているのです」
疲れたのではないかとわたしは、
「わかったわかった。だが、後片づけくらいはさせてくれ」
すぐ終わらせる。
そう言えば彼女はわかりました、と返事をした。その声が渋々といった様子なので、アーチャーはさっさと片づけ物をやっつけてしまうことにした。
王の怒りを買うのは厄介だ。


「待たせたかな」
そう言いながら座る。聖骸布の裾をさばきながら、静かに。
セイバーはええまったく、と言って微笑む。
「待ちくたびれました」
「この程度で待ちくたびれるようでは、先が思いやられるぞ? セイバー」
「む」
とたんに笑顔から転じたふくれっつらが愛らしくて、思わずアーチャーは笑ってしまう。
「なにを笑っているのです、アーチャー」
「いや、すまない」
「わたしはなにを笑っているのかと聞いているのです」
詫びるのはそのあとにしてほしい、と腰に手を当てるセイバー。その様も愛らしくて、アーチャーは駄目だ、と思った。
「アーチャー!」
くすくすくす、と本格的に笑いだしてしまったアーチャーに、セイバーが声を上げる。
失礼ではないですかあなた、いやすまない、だからなにがすまないのかと聞いているのです。そんな問答を繰り返して少女同士のようにじゃれて。
「まったく」
一段落したところでアーチャーの煎れた緑茶をすすり、セイバーはため息をついた。
「シロウも凛もあなたも、皆でわたしをからかって遊んでいるのではないかと思うときがあります」
テレビは相変わらず騒がしい。ニュースに切り替えようか、とアーチャーは思いながら彼女の言うことを否定した。
「そんなことはない」
「そうでしょうか」
「そうだとも」
そもそも君をからかって何の得になる?
「そ……れは」
「ならないだろう」
「そうですが」
だが、言いつつも納得が行かないのかセイバーはだん、とちゃぶ台を叩いた。
「そうですが! やはりわたしは思うのです!」
「なにを?」
「あなたたちは忘れているでしょう、わたしが王だということを!」
王ですよ、偉いんですよ。
とは言わなかったけれど。
そんな空気を発しながらセイバーは薄い胸を張った。アーチャーは瞠目して少し戸惑ってから、常の癖で眉間に皺を寄せ。
「―――――それで?」
「ですから、あなたたちはもっとわたしを敬うべきだ! 決してその辺の玩具と同じ扱いをしてもらっては困るのです!」
「玩具……」
そんな扱いをしていると思われたのだろうか。
「セイバー?」
「なんです!」
「では、具体的に私は何をすれば良いのだろうか」
下手に出るようにそう言えば。
彼女はぴたりと動きを止め、なにかを考えるように顎に手を当てた。シンキング・タイム。
「そうですね……」
考えることしばし。アーチャーは背筋を伸ばし正座をして、それを見守った。セイバーの前に置かれた湯呑みから湯気が立ちのぼっては薄れていく。
テレビだけがやかましく騒ぐ。
セイバーは顔を上げた。
「そうです!」
びしり、とアーチャーの膝を指して。
「アーチャー、その膝をわたしに献上しなさい」
「は?」
突然なにを言いだすのか。
ぽかんと目と口を丸くするアーチャーに、セイバーは続ける。まるでそれが正論であるかのように。
「そのやわらかそうで寝心地の良さそうな膝をわたしに献上しなさいと言っているのです。王の言うことがきけないのですか」
「それは……その。要するに膝枕をしろと?」
「そうです」
確かに、王といえば美女の膝を枕に羽の扇であおがれ、くつろぐイメージがあるが。
「それで……いいのかね」
「アーチャー」
セイバーは片手で湯呑みを掴み、中味を一気に飲み干すと。
鋭い眼光でアーチャーを射すくめ、重々しく告げた。


「わたしがいいと言えば、いいのです」


「だからね、それは…………あら?」
なにごとか言いあいながらやってきた遠坂凛は、不思議そうな声を上げて居間を見やった。
「アーチャー、あなたなにしてるの?」
アーチャーはマスターの問いに、片眉を跳ね上げることで返す。
「いや、私も一体なにがなんだか……」
困惑する彼女の膝上には。
気持ち良さそうにくうくうと眠る、騎士王の姿があったのだった。



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