きゃははは、と甲高い笑い声がこだまする。アルコールの一滴さえも入っていないのに上機嫌なのは遠坂凛だ。
「またアーチャーの負け!」
「……くっ」
トランプをばらまいて、がくんと膝をつくと胸がぷるんと揺れる。そういうのは青少年の目の毒なのでやめてほしい、と衛宮士郎は赤面しながら思う。せっせと食卓を片づけながら。
もちろん、アーチャーだって立候補したのだ。私にもそれをやらせろと。ぜひやらせろと。
だけれど女性陣のパワーはすごくて、あっという間に彼女は引きずりこまれてしまった。
百合の香り漂う、美しき女豹たちの巣のど真ん中へ。
いやああれはすごかった。絡みつく腕、腕、腕。なんか触手もまじっていたような気がするけどそれは気にしない。気にしたら負けだ。それが自分に向けられなかったことに感謝しなければいけない、おお神よ!
そんな変なテンションを保ちつつ、一方ではアーチャーに同情しながら衛宮士郎は布巾でちゃぶ台を拭いた。せめて、デザートでもふるまってやろう。喜ばないだろうけど。むしろ怒られるだろうけど。
でも実は小さな女の子と化したアーチャーに殴られてもあんまり痛くない。なによなによ衛宮士郎のバカバカ!ぽかすかぽかすか。
そんな感じだ。
小さな女の子というとランサーがセイバーを評したよ○じょを想像してしまいがちだが、いや、それはない。だって、あの胸。
―――――いや、不埒なことを考えるのはやめよう…………。
つすうと垂れた鼻血を軽く拭って片づけを再開し始めた衛宮士郎の耳に、遠坂凛の上機嫌な声が届く。
「はーい、それじゃ一枚脱いでねー。こういうときのお約束だから」
「り、凛っ!?」
聞いていないぞ、と身を乗りだすとまた胸が揺れる。ああ、だからもう。
たゆんとかぽよんとかぷるんとか。ボリューム満点な効果音はやめてくれないだろうか。
「言ってないもの」
しらっと言うあかいあくまに、あかいあくまの使い魔は絶句した。ああ、なんてひどい。
自分がああなる可能性はなきに等しいとしても、なんだか泣けてくる。
「アーチャーさん、ここはがばっと! がばっと行っちゃいましょう! ぶるぶると震えてゴーゴーですよ!」
「その上気した肌……存外に美しい。アーチャー。あなたの血の味を確かめてみたくなりました」
「アーチャー、あなたもサーヴァント……戦うものならば覚悟を決めなさい。どうしても嫌だと言うのなら、わたしがエクスカリバって抵抗力を失わせてからでも」
「なんだこの一方的に私に不利な状況は! 桜! 顔を真っ赤にして恥らいながらも言うことは言うのだな! ライダー! 吸血はほどほどにと桜からも命じられているはずだろう!? セイバー……君は論外だ!」
「何故です!」
「君の騎士道はどこへ行った!?」
「わたしの胸の中にいつでもあります!」
「そんな騎士道捨ててしまえ!」
「アーチャー」
ぽん、と肩に手を置かれてアーチャーは振り向いた。たわわな胸が揺れる。
振り向いた先では、遠坂凛がにっこりと笑っていた。
「いいから脱げ」
あくまの宣告。
その場が凍りついた。
「五秒数えるあいだに脱がないとこの世にサーヴァントとして召喚されたことを後悔させてあげるわ」
「なっ……一体なにをするつもりなのかね、君は!?」
「な・い・しょ☆」
「セリフだけかわいこぶってもどうしようもないぞ、凛!」
「いいから脱げ!」
吠えた。
あくまが吠えた。
びりびりびりびりー、と空気が震え、震度5くらいの地震が観測された。衛宮邸のみに。
―――――おそろしい。
おそろしい、遠坂凛、本当にただの人の子なのか……ッ!?
「はいはい失礼なこと言わないの」
「モノローグを読むとは……! 君は本当に……!」
「いやね、わたしはただのか弱い女の子よ」
「ダウトだ、凛」
「ダウトです、凛」
「ダウトです、姉さん」
「ダウトですね」
「やかましいわ―――――!」
遠坂凛、吠える。ちょっと衝撃波で服とか裂けた。おそろしすぎる。
「大体ね、アーチャー! あんたのそのLUKの低さとかそのわがままなボディとかが悪いんだからね! わたしは悪くないわよ!」
それに関しては同感、とうなずく女性陣。な、と言葉を失うアーチャー。
わがままなボディって。
「それに何も全部脱げって言ってるわけじゃないんだからいいでしょう? 一枚でいいのよ」
打って変わってにっこりと優等生の笑みで微笑む遠坂凛。だが、その笑顔が逆に怖い。
「一枚でいいの。今までの負けこみで全部脱げなんて鬼のようなこと言わないわ」
「凛……」
少し、じんとしてしまったアーチャーにマスターは笑って。
「一枚一枚剥がしていくのが楽しいんじゃないの」
鬼が。
あくまが、ここにいます。
ひどいです。
「さあ脱ぎなさいアーチャー! 言っておくけど足のベルト一本で一枚なんて許されないんだからね!」
今まさに足のベルトに手をかけようとしていたアーチャーはく、と息を呑む。
「……私としては大サービスなのだぞ……?」
「若い少年少女にはそういうマニアックな趣向はわからないわ。バーンとォ! 景気よく行ってちょうだい」
ぎらぎらと。
女性陣がアーチャーの一挙一動を見守っている。
アーチャーはため息をつき、上半身を覆う聖骸布に手をかけた―――――。


「やっほーおにいちゃーん! 遊びにきたよー……って、あれ?」
景気よく飛びこんできたイリヤスフィールは、しんと静まり返った居間で首をかしげた。中央辺りを見ると、アーチャーを中心に女性陣たちが複雑に絡み合ってくうくうすやすやと眠っている。
「あら。こんな時間におやすみ? ずいぶんお子さまなのね」
と、いっても時計は十一時ほどを回った頃。もう少しで日付が変わる。
イリヤスフィールはぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながら、アーチャーのまわりを飛び回った。空いているところはないか、隙間はないか。
だが、おおかた場所はとられてしまっていて彼女の場所はない。
むうっとふくれたイリヤスフィールだったが。
「―――――!」
ぱあっと顔を輝かせて、その小さな手をぱん、と叩き合わせたのだった。


「イリヤ? 来てるのか? 今デザート用意してるから、少し待ってな……」
言いかけた衛宮士郎は、目に飛びこんできた光景に眉を寄せる。
アーチャーの、そのたわわな胸枕ですうすうと眠るイリヤスフィール。谷間に顔を挟みこんで、安定よく。
「苦しくないのか」
つぶやいてしまってからかっと顔を赤くする衛宮士郎。俺には関係ない俺には関係ない、と言いつつ彼は自らの聖地、台所へと避難した。
最終勝者。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。



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