―――――とある新都に、メイド喫茶というものありけり。


「ご注文をどうぞ、お嬢さま」
「うん、やっぱりよく似合ってるわね。わたしの目に間違いはないわ」
「お嬢さま……」
「ただちょっと難を言わせてもらえばスカートが短すぎる。品がない。……だけどまあ……これはこれで」
「凛」
辛抱強く注文を取り続けていたメイドが音を上げる。とたんに椅子に座っていた客がツインテールをなびかせて、むっと反論してきた。
「なあに、ここのメイドは客を呼び捨てにするの?」
「君があまりにも自分の世界に入りすぎているからだろう。たまには外で働いてこいとここに放りこんだくせに」
「アーチャー?」
メイド、もといサーヴァント・アーチャーは、う、と口をつぐむ。マスター、凛のこの表情は苦手だ。
きゃあきゃあと周囲では胸ドキドキ心ワクワクな世界が繰り広げられている、が、このテーブルは異様だ。客がメイドを睨みつけている。
店長が見たらすわ問題沙汰かと飛んでくることだろう。
きゃあお嬢さま失礼いたしましたはわわ〜だとかそういうドジっこを売りにしている店ではない。ごくごく一般的なメイド喫茶なのだ。
長い沈黙。さすがに居心地が悪くなったのかはたまたそれ以外の理由か、アーチャーが身じろいだ。
「……凛」
「アーチャー。今から重要なことを聞くわ」
「何?」
「いいから答えて。大事なことなの」
「……了解した、お嬢さま。……あ、いや、マスター」
凛はテーブルに両肘をつき、組んだ手におとがいを乗せる。
真剣な顔でつぶやいた。
「下着はわたしの選んだのをつけてきた?」
「―――――」
凛の すごい セクハラ。
アーチャーは 硬直した!
「で、どうなの?」
「…………」
「アーチャー」
「…………」
「アーチャーったら」
凛はなんだか楽しそうだ。声がデレデレしている。ツンデレとかのデレじゃない、これはデレ一択のデレ。
ねえねえったら、と傍から見たら酔っ払い親父か何かが絡んでいるような追究は続く、そこにさっそうと現われた助け舟。
「アーチャーちゃん、向こうのテーブルのオーダーお願いします」
「はい!」
一気に表情を変えて、イキイキと逃げだしたアーチャー。凛はあっと声を上げ、逃げられたかと爪を噛む。
「ご注文はお決まりでしょうか―――――」
せいいっぱいの笑顔を浮かべて客の顔を正面から見る、見た、見てしまった瞬間、アーチャーは固まった。
「……奥さま」
もはやすでにデレ、デレ一択、とろけにとろけまくった柳桐寺の若奥さま、キャスターがそこにいた。
「あなたがここで働いてるって噂を聞いてね。どんなものかと見に来たら驚いたわ。なあに、ここ。……楽園じゃない」
エルフ耳もピコピコピコピコと忙しい。上昇した体温を冷ます働きでもあるのか。
アーチャーはこのテーブルも伏魔殿の入り口だったかと肩を落とす。
「よく似合ってるわよその服。フリルもレースもついててとってもかわいらしいし……そうね、ただスカートがちょっと短すぎるかしら」
偶然か否か凛と同じことを口にして、両頬をかわいらしく手で押さえる。
「あの、奥さま、ご注文を」
「わたしだったらもっと長いスカートにするわね。正統派のロングスカートよ。色は何がいいかしら……」
またも深い自分の世界に入ってしまった客に呆れるメイド、ここは話を聞かぬ客ばかりかッ! とさすがのアーチャーも吠えたくなってくる。キャスターはまわりに花を飛ばし、長い間ずっと自らの楽園に閉じこもっていたが。
「ねえ、あなた」
「なんだね」
「うちの養女にならない?」
ばん、とテーブルを叩く音が遠くで聞こえた。アーチャーはキャスターのあまりの発言に呆然としている。
「だってうちのコになってくれたら好き放題着せ替えが出来るじゃない、ねえ、あなた考えてみなさい、寺も暮らせばいいところよ」
「ちょっと黙って聞いてれば!」
怒りに顔を赤くしてやってきたのは凛。するとさっきのテーブルを叩く音は?
言うまでもない。
「いーい、これは“わたしの”アーチャーよ。勝手に誘拐計画なんて立てないでちょうだい」
「あら? わたしはただ単にお誘いをかけただけよ。選ぶのはこの子の自由だわ。ねえアーチャー」
あかいあくまと稀代の魔女の対決。一気にメイド喫茶が亜空間に!
蓋をしてもどろどろと溢れ出る黒いもの、地獄の釜が今開く。
ゴーファイトゴーファイト、赤コーナー遠坂凛、とアナウンサーが紹介しそうになったところですい、と一本の手が上がる。
「注文をしてもよろしいでしょうか」
清水のような声。アーチャーは捻れ狂っていく目の前の空間から目を背け、そのテーブルへと素早く向かった。
やっと注文をしてくれる客が現われた。
彼女はせいいっぱいの笑顔で対応する。
「お客さま、ご注文は!」
すっと伸ばされる白い手。
輝く金髪、エメラルドのような瞳、桃色の唇が笑みを浮かべる。
「あなたを、テイクアウトで」
「……は?」


キャットファイトは続く、ボロボロになったところではっとふたりはその存在に気づいた。
にっこりと満足げな笑みを浮かべるのはセイバー、隣に並ぶは同身長程度の褐色メイド。
セイバー、とふたりの声がハモる。
「セイバーか……」
「セイバーじゃ仕方ないわね……」
男前に口元を拭う凛、乱れた髪を整えるキャスター。
ふたりは見つめあい。
「わたし教会にストレス解消に行くけれど、あなたも一緒に来る?」
「そうね。青い豚を見たくなったわ」
「最速のサーヴァントがガンドにどこまで対応出来るのか実験してみたかったのよね」
ふふ、とふたりのあいだに広がる空気。
それはとてもあたたかく。
そして血なまぐさかった。
「行くわよ、ついてらっしゃい!」
「こっちのセリフだわ!」


ああ、それからの地獄はとても語れるものではなく。ああ、それからの天国は語りつくせないほど深い。



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