ランサーはぱたり、と目を開けた。と、尻尾がびょいんと逆立った。
隣というか……真正面で眠っている小さな女。アーチャーだ。待て待て待て待て待て。なんだこれは。なんだ?ちょっと待て。だれか。事情を説明しろ。つか、おかあさ―――――ん!
混乱することしきりのランサーの目の前で、アーチャーはすうすうと寝息を立てている。その格好は概念武装から聖骸布をとりのぞいた状態で、赤い聖なる防具はタオルケットのように抱きしめられていた。甘い吐息。ふうわりとした匂い。どこもかしこもやわらかそうな体。 ランサーが本気を出して抱きしめたら壊れてしまいそうな矮躯だ。
さて、それはいい。いや、よくないけれど後回し。
なんでアーチャーがランサーの布団で寝ているのだ。という話だ。
やましいことはしていない。昨日、屋根の上でそんなようなことになりかけたが、決してそんなこと(どんなこと?と聞くのは野暮だ)には至っていない。クランの猛犬のナニ……名に懸けて誓おう。いやナニに懸けて誓ってどうするよ……。
不純!とランサーはかあと顔を赤くした。浮世で名を馳せた彼にしてはあまりにも純すぎる反応で気持ち悪いくらいだが、それくらいにアーチャーにめろめろだということでよろしいだろう。
まあどっちにしても適度に気持ち悪いが。
それにしてもなんでだろう、と目前で眠る女の姿に縛られながらランサーは思う。確かに男の姿のときのアーチャーも好いてはいたし、愛していたけれど何故女になってしまっただけでこんなに緊張するのか。
そもそもランサーは女が好きだった。やわらかくて、あたたかくて、いい匂いがして。アーチャーは例外だ。つんけんしているし体温は熱くて冷たいと矛盾しているし、ちっともやわらかくない。―――――柔いのは心くらいだ。


“……どうして、抱いてくれない?”
“君が、ほしいんだ”


ランサーは思わず鼻を手で覆うように押さえた。まずい。鼻血を噴きそうだ。昨日の士郎のようなことは避けたい。純情まるだしでみっともない。ああそれにしてもあたたかいな。ひんやりと芯に冷たいものはあるのだけれど、女の体の常としてアーチャーはあたたかった。それが、何故、疑問は結局そこへと戻る。
……抱いたってことはねえよな。
ランサーは鼻を覆ったままで考える。あのあと、まさか理性が戻ってこなかったか暴走して無理矢理にか―――――はは、まさか。
滝のように汗が流れる。
ありえないことでもない。
好きな女は大事に抱くタイプのランサーだが、相手はアーチャーだ。無茶をさせて泣かせるのにとてつもなく興奮した覚えもある。
鋼色の瞳が潤んで、低い声が上擦って、ランサー、ととがめるようなすがるような口調。それをそのまま目の前の彼女に当てはめてみる。……ぶっちゃけ好みだった。いや、男でも好みだけれど。
結局オレ、アーチャーならなんでも良いのか?
疑問を抱きながらうんうんランサーが唸っていると、煩悶の根源がぱちり、と目を開けた。
うお、と声にならない声をランサーは上げる。その声に気づいているのかいないのか、聖骸布を口元に当ててアーチャーはぱち、ぱちとつたなくまばたきをした。
長い睫毛。
「……アーチャー?」
「……ランサー」
「……おまえ、なんでここにいる?」
「…………」
布団の上に起き上がったアーチャーはきょろきょろとあたりを見回した。重そうに目を擦って、何度もまばたきをする。


「……すまない。寝ぼけたようだ」
「おまえなああああ!」


耳まで真っ赤にしてランサーは叫んだ。返せ、オレの純情と悩みを返せ。とうとう純情を認めてしまったランサーだった。
「いや、昨日不完全な詠唱で無駄に魔力を使ったせいか意識の混濁が」
「つらつらともっともらしいことを真顔で言うな! 抱くぞ!」
「君にならいい……」
ふにゃ、とアーチャーは笑ってランサーの胸元に顔を預けた。
は?
え?
あ?
硬い胸板にやわらかい頬。きみにならいい?
混乱しているランサーの耳はすらりと開かれる襖の音をとらえる。
「ランサー、いい加減に起きろよ。朝飯だぞ。あとアーチャーがどこにもいないんだけど知らな……」
士郎だ。
そろそろお約束の時間だと思っていた。
そう思うランサーの目の前で、士郎は鼻血を噴いた。
「なっ……ランサー、おま……っ!」
「ち、違う! 違うぞ坊主、誤解すんな! これはこいつが寝ぼけて」
「言い訳するな! ふ……不潔だぞ! いくら恋人同士だからってな、朝から」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ男ふたり。そんな喧騒の中で、アーチャーは安らかな顔ですやすやとまた眠りの中に落ちていったのだった。



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