オレのこいびとは無関心なように見えて意外とやきもち焼きだ。性質が悪いと言う奴もいるかもしれないが、オレはそこがいい。つんと澄ました顔をして、その内面で悶々と感情を抱えてるのがたまらない。たまらなくかわいくて、いじめたくなる。
ああ、オレもたいがい性質が悪い。だけどそんなこた、わかってる。
玄関を開けると目の前にオレのこいびとがいた。あいかわらずの愛想なしで、そのくせ童顔ときてるから厄介だ。丸味を帯びた頬のいわゆる美少女がむっつりとした顔をして、ん、と手を差しだしてくる。おかえりなさいだとかおつかれさまだとかのひとこともない。まあ言ったら言ったでどうしたんだとオレも思うけれども。
「……華やかな匂いがするものだ」
靴を脱いで上がろうとしたとき、そんなことを言われた。背が低いせいで上手く視線を合わせられないその顔を見ると、ぷいとそっぽを向く。わあかわいい。
華やかな匂い。それはたぶん、今日言い寄ってきた客のつけていた香水だ。髪が長くて化粧もばっちり。
露出度の高い服を着た、いかにも自分に自信のありそうな強気の女。はっきり言って嫌いじゃねえけど、オレのこいびとはひとりだけだ。
適当にあしらって丁重にお引取りいただいたが、それがオレのこいびとにはお気に召さなかったらしい。かわいいなあ。ああかわいい。
気に入らないならそう素直に言えばいい。だからってオレが言い寄ってくる全部を跳ね除けられるわけじゃないが(だって客商売なんだ、仕方ないだろ?)オレはたいそう感激してその小さくて細いくせにやたらと肉感的な体を抱きしめてやるのに。
「なんだ」
にやりと笑ってオレは言う。オレのこいびとは怪訝そうな顔でこっちを見た。
「妬いてんのか?」
目に見えて瞳が燃えた。だけどそれ以上態度に出さない。半眼でオレを見る。軽蔑したような顔で。
「―――――君は馬鹿か」
吐き捨てるように言って、オレのこいびとは踵を返した。鞄を胸に抱きしめてそのまますたすたすた。早足で廊下を歩いていく。おおとオレはしばらくその背中を眺めて、その速度に感心してから後を追いかける。
自慢じゃないがオレは一応最速のサーヴァントという冠を持っている。それに、コンパスの差というものがオレたちのあいだにはあるのだ。
結果、あっというまにオレは華奢な背中に追いついてぴったりと後ろに立った。到着地点は居間。
「…………」
振り返ってオレをじっと見上げて睨むと、オレのこいびとは鞄を居間の隅に置いた。そして台所へと向かう。
こういうところがまたかわいい。怒っているのにしっかり世話はしてくれるところ。台所からこぽこぽと湯を注ぐ音が聞こえて、オレはあぐらをかいて畳の上に座った。湯呑みと茶菓子を乗せた盆を持って出てきたオレのこいびとは、それを“行儀が悪い”という目で見て、それでも黙って湯呑みと皿をオレの目の前に置いた。どん、どん、だとかがさつにでもなく、とん、とん、と丁寧に。
「おまえの分は?」
一対きりのそれにたずねると、目を閉じて私はいらん、と平坦な声で言う。
「たまには一緒に食おうぜ。店で一番人気のケーキでも買ってきてやるからよ、コーヒーでも煎れて一緒に」
「いらんと言っている。機嫌取りは必要ない」
にべもないことで。
一緒に美味いものを食いたい気持ちは本当なんだがなあ?
そっけないくせに席を立つわけでもなく、傍に座ってくれているオレのこいびとの前で、オレは用意してもらったものをありがたくいただくことにする。オレのこいびとは家事の申し子だ。洗濯掃除に人や犬猫の世話、なんでもやるが一番秀でてるのは料理で、これがやたらと上手くて美味いったらない。今オレが飲んでる茶も適温で濃さもちょうどいい。大判焼きは餡子で、オレの一番好きな味だ。
本当によく出来たオレのこいびと。他の奴に盗られる前に手に入れられて真剣に神に感謝したりしている。もっとも、オレも半分は神の子だったりするんだが。
なんて考えながら茶を飲み干して、湯呑みを机の上に置いた。するとすかさず二杯目を注ごうとして―――――その手が止まる。
まさに“痛いくらいに”注視しているそこを見てみて、オレはああ、と思った。
「いやよ、しつこい客がいてな? オレは断ったんだが、ヒステリックに怒鳴りつけやがってわたしの気持ちはどうなるんだとか騒いでむりやり嵌めて帰っていきやがった。気持ちが気持ちが騒ぐくせにオレのことはよく知らなかったみてえで、きつくて抜けやしねえ」
ひらり、と左手をかざす。その薬指に光るのは銀色の細めの指輪だった。
言い寄ってきた客とは別の、“困ったお客さま”だ。店員一同、特にウェイターは次々言い寄られて辟易しているが客相手なので強くも言えない。それに少しでもなにか言えば、その十倍言い返してくるってんだからオレのこいびととは別のベクトルで厄介きわまりない。
「……そうだ。おまえ、生活の知恵とかやたら知ってるだろ。抜けなくなったこういう代物、つるっと抜けるような裏技、知らねえか?」
身を乗りだしてそう聞いてみるが、答えはない。ただじっと鋼色の目がオレの指先を睨みつけて、そのまま寸断しそうな勢いだ。
まさか―――――剣製したどっかの名剣で指ごと斬り落とそうってんじゃねえだろうな。
トカゲの尻尾切りじゃあるまいしと眉を寄せると、突然手をぐいと掴まれた。
「え」
突然のことに目を丸くする。とっさに反応が取れなかった。次の瞬間、
「いてててててて!」
眉を吊り上げて口をひん曲げてオレの指をぎゅうぎゅうひっぱりだしたオレのこいびとは、そんなすごいことをやらかしつつも徹底して無言だった。
「抜ける抜ける抜ける! 指輪じゃなく指が抜けるって―――――おい、悪かったオレがさすがに無神経だった、だから、なあ、って、おい、アーチャー!」
筋力Dって嘘だろ。
すさまじい力でオレの指をひっぱるその力は、軽くバーサーカーに迫る勢いだった。神経ごと抜ける……そう思った瞬間、ずっと感じていた締めつけるような感覚が失せて、どさりとオレのこいびとがかわいらしく尻もちをついていた。
その手には呪われた(そんなようなもんだろ!)銀色の指輪。
それをぽいと放り捨てると、オレのこいびとは畳に手をついて立ち上がる。
そして、


「!」


赤くなった跡の上からついた歯形。
耳まで真っ赤になったオレのこいびとは、ついさっきオレの指に齧りついた口を大きく開いて、
「貴様になど、この程度の指輪で充分だ!」
そう言い放ち、き、と鋭くオレを睨みつけるとばたばたと足音も大きく走り去っていった。
居間には、ぽかんと取り残されたオレがひとりきり。
左手の薬指を見てみると―――――輪の形に、小さな歯形。
「…………は、」
笑いが漏れる。
駄目だ。
あいつ、本当にかわいい。
指に齧りついて跡つけて“指輪”って、どういう理屈だよ。
くくく、と喉の奥から笑いが漏れだしてきて止まらない。
ああもう。


やきもち焼きめ。
素直じゃねえったら。
「……だけど、そこがたまらなくいいんだよな」
そう笑いながらささやいて、オレは薬指の跡にくちづけた。



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