深夜の柳桐寺。
ざん、と肉を断つ音がする。背中合わせになった金色と銀色の少女を取り囲む包囲網。だが彼女たちは怯まない。
「はああああ!」
金色の少女が声を上げて振りかぶった剣を振り下ろす。両断された異形、血は飛び散らない。塵になって地に返る。すぐさま飛びかかる異形を、また金色の少女は斬り払った。
「―――――!」
銀色の少女は腰を落とし、両側からはさみうちにしようとやってきた異形に双剣を構えて一気に薙いだ。
声すらなく斬り払われたそれらはあっけなくやはり塵になり、闇に消えた。
それぞれ瞳に強い闘気を宿して決して怯まない。勇ましく敵たちに立ち向かう。
立ち向かうその姿を、熱いまなざしで見守る魔女がひとりいた。
「きゃああああ! セイバー素敵! アーチャーもいいわよ! ふたりとも頑張ってー!」
……なんていうか、こう、応援隊?チアガール?
みたいなものに成り果てた稀代の魔女、もとい若奥様はローブを脱ぎ捨てて、すっかり私服で至福のリラックスモード。隣の侍は涼しい顔でけれど彼女に忠告するようにぽつりと言葉を吐く。
「夜も更けた。そう大声を出すのもどうかと思うがな」
「大丈夫よ結界を張ってあるから。姿も音も近隣には届かな―――――ってああ、ベストショット! すかさず激写よメディア!」
ぱしぱしぱし、と闇夜にまぶしいフラッシュをたいてデジカメで少女たちを撮影する若奥様。侍はそれを見て、生ぬるく笑った。
「楽しそうで良いことだ。……そうだな、私も闇夜に咲いた二輪の華をじっくりと見てみることにするか」
あくまでも雅な物言いの侍。よいせと座り直し、両手でメガホンを作って少女たちに声援を送る。
「それ、頑張れ騎士王に弓兵! 時代はすでに始まっているぞ!」
「始まっているとはなんだ!」
とっさに振り返って叫ぶ銀色の少女。もとい弓兵。隙を見せるような態度を見逃さずにやってきた異形を斬り捨てて、侍にきつい視線を飛ばす。鋼色の瞳。侍は首をかしげる。
「さて。盛り上げる時はこういうものだと教わってな?」
「誰にだ誰に!」
「追究は美しくないぞ? ―――――おお、来た来た」
言われなくとも、といった風に目前に迫った異形を両断する弓兵。ぱちぱちぱちと軽い拍手。ぱしぱしぱし、とシャッター音。
姿勢を低くしたことであらわになる褐色の足。ナイスアングル!若奥様の声が響いてさらにフラッシュがたかれる。
金色の少女。もとい騎士王は真剣な顔で敵を両断、する、かと思えばナイスアングルとの声に顔が弓兵の方を向いていた。
「ぐっじょぶ、です! アーチャー!」
「慣れない言葉を無理に使うな! あと親指立てなくともいいから、ああほら敵が来ている―――――!」
慌てて駆け寄ってそれを斬り払う。すると騎士王は目を輝かせ、弓兵を見た。
「アーチャー……身を挺して、わたしを」
可憐に微笑んで騎士王はゆっくり歩み寄り、弓兵の頭を抱えて自らの胸元にぎゅうと押しつける。
「うれしいです」
「ちょっ……セイバー!」
「これは見逃せないベストショットだわああああ!」
歓声を上げる若奥様。ほとんど暴力的にたかれるフラッシュ、少女たちの顔に服に足に陰影を作る。
「美しいわ……戦いの中での抱擁! それも美少女同士の! メディア感激! ああん宗一郎さまメディアは幸せです!」
とろけんばかりにデレデレになって身を捩る若奥様。宗一郎さまとかは関係ない、たぶん。
「セ、イ、バッ」
筋力Bの抱擁から力づくで逃れて、弓兵は首を振った。下りてきた前髪を上げてついでに異形をどついて足で踏みつけ、前!と声を張る。
「わかっています!」
騎士王は勇ましく応えると、振り返りざまに剣をふるった。
不可視の剣に斬り払われた異形はむなしく消えていく。それがわかりきっているとばかりに騎士王は再び弓兵の方へと向き直って、闇を打ち消すような声を上げた。
「アーチャー! あなたがいればわたしの力は無限大です! ∞ですよ∞! すごいでしょう!」
「ああ……うん、うん、すごいから、すごいから頑張ろう? な、セイバー?」
少し素に戻りかけた弓兵にええ!といい返事をして騎士王は勇ましく駆けていった。
そんなこんなのてんやわんやのドタバタ劇をすべてデジカメでとらえた若奥様は小休止、といったように紅潮した頬に手を添えてほうとため息をつく。
「ねえアサシン?」
「何かな」
「わたし、今ほど自分が“キャスター”でよかったと思ったことはないわ……」
「それはそれは」
「血を吐きたい?」
「はっはっは、まさかそんなことは」
手首を使って左右にぱたぱた。若奥様は少し不満げに目をすがめ、だけど一瞬で前に向き直った。
「そこよ! 右、左、右、上! やっておしまいなさいセイバー! アーチャー!」
深夜の狂乱。マッドなパーティー。
そんな何色なのかわからない空気を切り裂く声が不意に山門に響き渡った。
「待てい!」
その声にはっと、空を見上げる一同。律儀に異形も動きを止めた。
「ははははは! 雑種どもが蠢いておるわ! おかしくも無様だな、言峰?」
「うむ」
「英雄王……!?」
「と、神父だな」
うろたえる若奥様。と、それをフォローするかのように侍。
門の上に、仁王立ちでふんぞり返る英雄王の姿があった。その後ろには無表情の外道神父。
「結界を張ってあったはずなのに……! どうして中に!?」
「我ほどの力を持ってすればそんなもの何の意味も持たんわ。こう、ピンときてハッとしたのだ。なあ言峰?」
「うむ」
「だ、だからってどうやって破ってきたの! 万が一にも邪魔が入らないように特に念入りに紡いでおいたのに」
「それはあれだ、グオーっとしてゴーっとな。わかるであろう?」
「いやわからん」
「わかりません」
真顔で否定する弓兵と騎士王。それにむ?と首をかしげてみせて、まあいいわ、と英雄王は胸を張った。
「なかなか面白そうなことをやっている。だがまだまだ責めが甘いな。魔女、我が少々力を貸してやろう。……言峰」
「うむ」
神父がうなずくと、その背後から圧倒的な闇が現われた。びりびりと震える空気、それだけで霧散する異形たち。
「な!」
「っ!」
闇は瞬く間に形を取って、騎士王と弓兵に襲いかかる。腹に響く重低音と共に闇が階段を叩く。
続けざまに打ちこまれる闇に、対応するのがやっとな少女たち。足元を叩けば避け、上から襲いかかられれば剣で防ぐ。だが闇は圧倒的だ。先程まで相手していた異形たちより数段上の脅威となって少女たちに襲いかかる。
「つ、あ……!」
「アーチャー!」
とうとう闇に足を掴まれ、さかさまに宙吊りにされてしまった弓兵に騎士王が声を上げる。伸ばした手は届かず、むなしく宙を切る。
手から滑り落ちる途中に砕け散る剣。
きらきらと光る破片が絶望を彩るように落ちていった。
「捕らえたぞ、フェイカー?」
英雄王が嗤う。目の前まで吊り下げてきた闇はおとなしく従って、弓兵をさかさまにぶら下げ続けた。く、と弓兵は唇を噛む。
「英雄王! アーチャーを離しなさい! さもないと……」
「焦るなセイバー。そう慌てずともおまえの番はすぐ来る」
酷薄に言い捨てて、睨みつけてくる弓兵の顎に指をそわせる英雄王。蛇が這うような感触に眉を寄せて弓兵は口を開こうと、
「え」
「それにしてもフェイカー。衣装の下にスパッツなどを履くなど無粋なことをする……見える見えない、気にするものでもないであろう?」
「……気にするわたわけ!」
「気にせんだろう、言峰?」
「うむ」
「おまえはおまえでそれ以外に言うことがないのか!」
「…………」
「…………」
「…………」
「特にないな」
「ないのか!」
吊り下げられたまま声を張る弓兵。教会のボケコンビにいちいちツッこんでいてはきりがない。
対抗してくれそうな者を求めて辺りをきょろきょろ見回し、はっと思い当たったように一点を見る。
「キャスター! 済まないが援護を……」
ぱしぱしぱしぱし。
「…………」
若奥様は、一心不乱にシャッターを押していた。
侍は感心したように吊り下げられた弓兵を眺めている。
「確かにその履物は無粋よな」
「同意するな!」
「触手ものも私は範囲内よ! 安心しなさいアーチャー!」
「安心できるかッ!」
「キャスター!」
ぐだぐだな中、騎士王の凛とした声が響き渡る。
しん、と静まりかえる辺り。弓兵はほっとして彼女の名前を呼ぶ。
「セ」
「……その写真、わたしにも焼きまわしをお願いします!」
「……ィバアアアアア―――――ッ!!」
慟哭がこだまして、闇に吸いこまれるように消えていった。


その後、騎兵とそのマスターと狂戦士の肩に乗ったマスターがやってきたことで事態は混迷を極めるのだが、不幸になったのは主に弓兵一名だけだったということを記しておく。
まあ、他の面子は大いに楽しんだのだ。ざっくらばんに言えば。



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