「あら、誰かと思えばうちの駄犬とアーチャーではありませんか」
チャーミーグリーンですね。
カソック姿の銀髪の少女の言葉に、ごく自然に手をつないでいた二人は目を丸くする。次の瞬間の行動は早かった。
「いやん」
「いやんじゃない! 離せ! 離さんか!」
「恥ずかしがらずともいいのですよ? わたしは何物も否定しません。同性同士であろうと変態的嗜好であろうと、見ているこちらが顔から火を噴いて恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりであろうと、ええ、両人が了解しているのならばそれでいいではないですか」
「ちょ、待ちたまえ、同性同士とはともかく、変態的嗜好とはなんだね! それに私たちは不本意ながら今は男女関係にあって」
「恥ずかしがらずともいいのですよ、ランサーにアーチャー…………嫌ですね、面倒くさい。もう駄犬と売女でよくなってきました」
「売女!?」
「冗談です」
面白いでしょう?と真顔で言う少女に、必死に槍兵の手から逃れようとしていた弓兵はがくりとうなだれた。面白くない。
全ッ然、面白くない!
そんな弓兵を後ろからはがいじめするように抱きこんでしまって、口笛を吹きながら槍兵はで、とつぶやく。
「それで? マイマスター。一体なんのご用件だ? 事と次第によっては心臓貰い受けるぞコラ」
「あら物騒な。神よ、この男に天の裁きを。―――――とりあえずLUKをもう10ランクぐらい下げてもらえるかしら」
「なくなるじゃねえか!」
最初から喧嘩腰の槍兵であった。
なんておそろしいことを神に願うのか……!これじゃ近い将来、弓兵をお嫁さんにもらってかわいい子供を二人、男の子と女の子ひとりずつの計画がだいなしになるじゃないか……!
槍兵はすっかり小さくなった弓兵の頭に顎を置いて考えこんだ。
「十人ずつくらい作っちまうか?」
「壊れる壊れる壊れる壊れる!」
「おいおい、心配は無用だぜアーチャー。オレ頑張るからよ!」
「君の問題ではない! 私の体が壊れると言っているのだ! いい加減、自分に自由な解釈はやめてくれ!」
「なにを言っているのですアーチャー」
ぱしん。挨拶代わりに軽いスパンキングひとつ。
「ひあっ!?」
「これだけの安産型をしているのです。心配しなくとも子供の十人や二十人程度、大丈夫ですよ」
もみもみもみもみ。
同性同士だからか、彼女の性格からか、少女の手つきにはためらいというものがない。ささくれひとつないたおやかな白魚のような手は休まずに弓兵の臀部を揉みつづける。なんとも絶妙なその手つきに弓兵は悲鳴を上げるだけで逃れることはかなわなかった。
決して同じところを揉みつづけることなく、しかし弓兵の弱いところは熟知していると言わんばかりのポイント責め。とりあえず商店街ではやめましょうと言いたくなること請け合いのハードでキュートでポップな責めっぷりだ。
ただしそんなキャッチーな言い方をしても、それは許される行為ではなかったらしい。
「カレン!」
「まあ。そんな声も出せるのではありませんか」
「ふざけんな! そいつはオレんだ、徹底的にオレんだぞ! いい加減その手を離せ、雌犬!」
「なんという暴言かしら、駄犬。……いえ、その勇ましさに駄犬呼ばわりは失礼ですか? それでは猛犬? 狂犬? どちらにしても、犬なのには変わりませんが」
「御託はいいからその手をさっさと離せ!」
―――――ふう。
「残念です」
なにが残念なのか。多くは語らず、少女は弓兵の臀部から手を離した。
あまりにも激しい責めに途中から声も出せなかった弓兵は、へたりと倒れこみそうになって、慌てた様子の槍兵に抱きかかえられた。
「公衆の面前でなんて破廉恥な」
「てめえが言うな!」
喧嘩を通りこして本当に心臓を貰い受けそうだ。
ぎりぎりと歯噛みする槍兵に、しらりとした視線を飛ばして少女は言い放つ。
「乳房を揉んだわけではありませんし、良いではありませんか」
「よくねえ!」
「……あら。だけれど、乳房はふたつありますね? でしたら、わたしがひとついただいても問題ないのではないですか? アーチャー」
「…………ッ」
「尻だってふたつに割れてるだろ! ……ってそういう問題じゃねえよ!」
「確かにそういう問題ではありません。……ですから公衆の面前で破廉恥な発言は控えなさい、この駄犬」
「て・め・え・が・い・う・な!」
紅い魔槍を顕現させそうな槍兵に少女はふっと笑うと、初めて笑うと(しかしその顔はすこぶる禍々しかった)すすっと後ずさり、両手を組み合わせてから十字を切った。
「罪深きこの二人に幸あれ。……それでは、わたしはもう行きます」
仕事がありますから、と一礼をして少女は去っていった。
あとには呆然と取り残される槍兵、弓兵、そして商店街の皆さん。特に商店街の皆さんにとって今の出来事は大惨事である。
「大丈夫か…………おい? アーチャー?」
息を荒げて、涙目で自らにすがりつく弓兵に槍兵は問いかける。とりあえず平均ラインには落ちついたようで、それでも微妙に心のふり幅を広くしつつ弓兵の背中をさすっている。
弓兵は鋼色の目にいっぱいに涙を溜めていたが、ようやっと落ちついたのかその犯罪的な顔で槍兵の顔を見上げる。
「ランサー…………」
上擦った声に、思わず槍兵は慌てる。
「なんだ!? なにかあったのか!? アーチャー!?」
オレに言ってみろ!
弓兵は黙ったままで、足元の地面を指差した。
「特売の…………」
「は?」
「せっかく買った特売の卵が……全部……割れて……」
くすんくすん。
唖然呆然とその姿と無惨な卵を交互に見ていた槍兵だったが、微笑んで弓兵を抱きしめた。
「いい嫁さんになるな、おまえ」
知ってたけど。


後日、教会に卵2パックの請求書が届いたが、少女は満面の笑みでそれをぶっちぎったという。



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