私のマスターは癇癪持ちだ。
「だからさあ! おまえは黙って僕の言うことを聞いてればいいんだよ!」
「そう言われてもだな、マスター」
「うるさい! 四の五の言ってると胸揉むぞ!」
「……そのときは確実に今日が君の命日になるが、かまわないかな?」
ぐっと言葉を呑むマスター。悔しそうな顔はまるっきり子供の顔だ。いや、高校生といえばまだまだ子供か。私は腕を組んでため息をついた。いやはやまったく。
マスターは本当に、己の実力も考えず無茶を言う。私がサーヴァントだったからよかったものの、たとえばまかり間違ってバーサーカーなどが召喚されていたらどうするつもりだったのだろうか。このマスター、能力だけは未知数だからないとも言いきれない可能性だろう?
バーサーカーに言語は通じない。この調子で無理や無茶を言っていたら即台所に出たゴキブリのように潰されておしまいだ。
もっとも、この私がいるかぎり台所に蟲など湧かさないが。
この家のどこにもだ。
私ははあ、とため息をつく。
「マスター?」
なだめるように言えば、マスターは少し態度を軟化させた。な、なんだよ、と少しうれしそうに聞いてくる。
……単純な。
この単純さが最近少し愛しくなってきたぞ。
「ケーキを作るのは了承した。チキンも焼こう。だがな、」
だが。
愛しいといっても何事も許せるほど愛しいわけではないのだ。あくまで……そうだな、ペットに対する感情と同じで。
うん。
自分で言っておきながら、哀れになってきたぞ、マスターよ。
「その服を着ることだけはごめんこうむる」
「なんでだよ!」
赤いその服は、色だけで言えば私好みだ。だが、デザインが。デザインがだな。
「クリスマスといえばミニスカサンタだろ!? 買ったんだぞ! わざわざ! この僕が!」
通販で!と叫ぶマスター。……そうか。通販で買ったのか。よかった。
わざわざ店に出向かれて直接購入されていたらどうしようかと思った。それは―――――……あまりにも、あまりだろう。
「サイズだってぴったりなんだぞ! おまえのそのおっぱいロケットみたいな胸だって、」
「そんなに溺死したいか、マスターよ」
「したい」
「…………」
私は君を×したい。
最近マスターは正直に仕置きをねだるようになった。となるとこれは仕置きではないと思うのだが。
……深く考えてはいけない。彼相手に深く考えれば負けだ。
とりあえず仕置きは保留しておいて、私はマスターが手にして見せつけているミニスカサンタ、とやらの服をじっくり見てみる。
裾が…………ない、に等しいのだが。
いくら小柄な私と言えど、これでは臀部が丸出しだ。ふむ。
「やっぱりあそこで見捨てておくべきだったか?」
「なに独りごと言ってるんだよ、アーチャー」
暗いなおまえ、なんて言ってるから思わず仕置きをかました。なんだか陶酔した目でウフウフ笑っていたのでぞっとした。どさっと床の上に頭を落とす。ちょっと割れて中味が出たような音がした。たぶん気のせいだと思う。
床の上のものをよせあつめながら私は問う。箒がほしい。通販でマスターに買ってもらおうか?
……いや、やめておこう。割烹着などもセットで買ってこられたら何かが崩壊する。法則が乱れる。それはいけないことだ、ああ。そうだとも。
「この詫びに今夜は君の好きなものを作ろう。何がいい?」
「……クリームシチュー」
「シチューが好きだな君は」
子供舌。
「……人参は入れるなよ」
「駄目だ。人参もちゃんと食べるんだ」
「……嫌いなんだよ」
「デザートにプリンもつけてやろう」
「―――――ったく仕方ないなあ! サーヴァントのくせにマスターである僕に命令するなんて、使い魔としての自覚が足りないんじゃないの!?」
プリンで釣られる君もどうかと思うが。
その言葉は口には出さなかった。
「ところでアーチャー」
―――――マスターのこの表情!
今までに見たことがないほど真剣な顔だ。私は背筋に戦慄が走るのを感じた。このマスター、時としてこうして非凡な様を見せるときがある。やはり稀有な才能の持ち主なのだろうか……?
マスターは真剣な表情のまま、ごくりと唾を飲む私に向かってつぶやいた。
「仕方ない、僕がトナカイになっておまえを背中に乗せてやるからこのミニスカサンタ服を着るんだアーチャー……!」
「何が仕方ないのかね! というか、マスターのプライドはどこに行った!? 魔術師としてのプライドは!」
「そんなもの今お山の向こうに捨てましたー!」
「捨てるな! 山というとあちらか! 柳桐寺の方か!」
「いいだろお〜なあいいだろお〜見たいんだよおまえのミニスカサンタ姿〜いつも着てるその服だって赤いんだしさあ別にいいじゃないかよ〜ケチケチすんなよ〜英霊だろ〜」
「赤いとか英霊とか好きとか嫌いとか関係あるのかね! 確かに色は同じだがまったく違うだろう! 見てみたまえ、この破廉恥な丈を!」
「……いんじゃね?」
「真顔で言うな!」
「正直ミニスカ姿のおまえに乗られてみたい!」
「正直な告白はいらん!」
「そしてちょっと蹴られてみたい!」
「どういう性癖なんだ君は!」
「そしてクリスマスケーキの真っ白いクリームをおまえのその褐色の肌に塗りたく」
がつん、とその頭を剣の持ち手で打つ。
マスターは斃れた。
「…………」
はあ、と私は二度目のため息をついた。
うむ。大丈夫だ、死んではいない。
変なところで丈夫なマスターである。何度も臨死体験をして生き返った少年であることだし、今回もきっと大丈夫だ。
大丈夫だろう。
とりあえず、今日の夕飯の支度をしよう。
マスターは人参のあの独特の風味が苦手なようだからそれをどうにかして…………。
と。
つぶやきながら、私は思った。


サンタはトナカイの引くそりに乗るものであって、トナカイの背には乗らない。



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