わたしの名前は間桐桜。
兄さんの名前は間桐慎二といいます。
最近兄さんが女の人を家に連れこむようになりました。その女の人は背が低くて、その……胸が、とても大きくて、不思議な格好をしています。その人は兄さんの傍から一時も離れません。
こいびと、なのかしら。
わたしはそう思って、自分の頬がかあと赤くなるのを感じました。
やだわたしったら。そんな詮索、わたしがしていいことじゃないのに。わたしなんかがそんな。
―――――だけど。
その女の人はとてもきれいでかわいかった。衛宮先輩。先輩はそもそも男の人だし、女の人とは髪の色も瞳の色も違うけれど、何故だか似ているとわたしは思ってしまった。
その日からです。
わたしが、その人のことを気にし始めたのは。


ライダー。
わたしに与えられたサーヴァントの名前。ライダーは背が高くて、髪が長くてすごくきれいな女の人だった。
地に伏したわたしにライダーは手を差し伸べてくれました。冷たい手は指先まで白魚みたいに整ってて、声は艶やかで、わたし、思った。 おねえさんみたい。
わたし、おかしくなっちゃったのかもしれません。ちゃんと、わたし、先輩が、男の人が好き。なのに女の人のことがこんなに気になるなんて。あの兄さんの……こいびと?それに、ライダー。
ふたりの女の人のことがこんなに気になるなんて、わたし、やっぱり変なのかしら。
わたし、ライダーの手を取った。そうして、ささやくように。
「ねえ、ライダー」
「はい、マスター」
「わたし……おかしいのかな」
ライダーは少し困ったような顔をした。その顔もきれい。ああ、わたし、やっぱり?
「マスター、あなたにおかしいところは見受けられませんが」
そんなことない。
そんなことないの、ライダー。
わたしはくわしく説明した。それでライダーに嫌われてもかまわない。そう思って。……嫌われるのには、慣れているから。
ライダーは黙ってわたしの話をずっと聞いてくれた。そうして、最後に。
「……その想いを、大事にしてください」
そう、言ってくれた。
「ライダー、」
「どうかその想いを決して、失くさないで」
「いいの? ライダー、わたし」
あの人のことを―――――。
ライダーはこくりとうなずいてくれた。わたしは溢れ出てくるものをこらえきれなくなって、口元を両手で押さえて。
気づけばライダーにすがりついていた。
ライダーの体は冷たいはずなのに、なんだかとても温かかった。


それからわたし、兄さんの目を盗んで……なんて、嫌な言い方だけど本当だから仕方ない。そうして、女の人のことを観察するように、なった。
女の人の身長はたぶん150センチ台前半。体重はわたしよりきっと軽い。スリーサイズは……ああ、だめ。恥ずかしくて言えない。
だけど胸はすごく大きくて、腰はくびれていて、お尻は…………ないしょ。
兄さん、胸とお尻が好きみたいでよく触ってはその……おしおき、されてた。だけどあんなおしおきじゃ、兄さんは懲りないんじゃないかしらって、わたし、思うんです。だってあれじゃご褒美だもの。
「おい、アーチャー!」
名前。
女の人の名前は、アーチャーっていうみたい。兄さんがよく呼んでるのを耳にするようになってから、わたし、何度も心の内で呼んでみた。
アーチャーさん。
アーチャーさん。
わたしの、アーチャーさ、
やだ!
わたしはぶんぶんと首を振る。かあと顔が熱くなって、まるでゆでだこみたいだろう。
乱れた髪を直しながら、わたし、両頬を手で押さえた。なんて図々しいわたし。こっそり隠れてこんな風にあの人の、アーチャーさんの名前を呼んでいるなんて。
「行くぞアーチャー! 僕についてこい!」
「やれやれ……」
あ、ふたりで出かけるみたい。
兄さんたら、とても楽しそう。
うらやましい。
いいなあ。
わたしは指を咥えてふたりの後ろ姿を見守る。意気揚々とドアを開ける兄さんに、仕方なさそうにとことこついていくアーチャーさん。
……かわいい。
……食べちゃいた、
やだ!
わたしったら!
だめ、そんなの、おかしい。それに、
―――――食べちゃったらすごく美味しいだろうけどそこでおしまい―――――
……あれ。
わたし、いま、なにを考えてたんだろう。
「ライダー、わたし、変……だった?」
いつでも傍にいるライダーに聞いてみる。ライダーはふっと姿を現して、
「いいえ、サクラ」
長くてきれいな髪をそのままに、静かに首を振った。指を伸ばして、わたしの乱れた髪を整えてくれる。
「ライダー」
「はい、サクラ」
「わたし、思ってはいけないことを思ってしまったの」
「思ってはいけないことなどありませんよ、サクラ」
「ううん―――――いけないことなの。聞いてくれる?」
「わたしでよければ」
ありがとうライダー、とつぶやいて、わたしは口にした。


「ライダー、わたしね。アーチャーさんが……欲しいの」


さすがに驚いたみたいで、ライダーは動かない。サクラ、とその赤い唇だけが動いてわたしの名前をかたどった。
「サクラ、それは?」
「わたし、アーチャーさんが好き。アーチャーさんをわたしの、わたしだけのアーチャーさんにしたい。先輩も好き、だけどアーチャーさんが欲しくて欲しくてたまらないの、わたしだけのアーチャーさんでいてほしいの……!」
激情のままに吐きだす。ああ、ライダー、絶対にわたしを軽蔑した。でもそれでもいい。告白したかった。懺悔、したかった。
だけど。
「サクラ」
そっとわたしの肩に添えられる冷たい手。
ライダーの手だ。
涙の滲んだ目で見上げたライダーは、まるで女神さまみたいだった。
「ライダー……」
「サクラ」
ライダーは言った。
「欲しいのなら、奪ってしまいなさい」
「ライダー……!?」
まさか、そんなことを言われるだなんて思ってもいなかったから、わたしはすごく驚いた。
涙目で見上げたまま、ライダーに問いかける。
「本気で言っているの、ライダー?」
「サクラ、あなたは彼女が欲しいのでしょう。ならば手に入れるべきです」
今まで不当になにもかもを奪われてきたのですから―――――そう、ライダーは言う。わたしは何度もまばたきをした。
すると視界が滲んで、夢の中にいるみたい、とぼんやりわたしは思った。
ああ。これは夢なのかしら。
わたしが見た、わたしに都合のいい夢。
だったら。
「そう……ね」
唇が動く。
「兄さんは素敵なものをたくさん持っているもの」
勝手に、わたしの意思で動いているんじゃないみたいに。だけど、これは間違いなく。
「なら……わたしがひとつくらいもらっても……いいですよね……兄さん」
わたしの、間桐桜の、意思だった。


「よーしライダー、わたし頑張っちゃう! 女の子同士、協力してね!」
「はい、サクラ」
そうして、わたしのひそかな戦いが始まったのです。



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