「アーチャー、君の胸の谷間に札束を挟ませてくれ」
「顔を見て一番最初に言う言葉がそれかねマスター」
それは相当最低の行為だぞ、と私は言った。フラットに。感情を込めずに。込めてしまってはこう、何だ……うん。
「一体何故そんな奇行に走ろうと思ったのかな? 理由くらい聞かせてくれてもいいだろう?」
「だって……今日、あの日じゃないか……」
するとマスターはモジモジと指を組み合わせて何だか乙女チックに恥じらい始めた。うん、知っている。
これはブラフだ。
「あの日とは何だね。私は生憎と世俗に疎い、悪いが教えてもらえると在りがたいのだが」
「もう、知ってるくせに!」
アーチャーってば!っと態度まで乙女チックになってマスターは私の胸を肘で突いた。ので仕置きした。久々の仕置きで、負けたな、とちょっとだけ思った。
指先で鼻血を振り払ってそれで、と私はもう一度マスターに問いかけてみることにする。
「いいか、もう一度聞こう。今日は何の日なのだね、マスター」
「だからぁ……それはぁ……」
キラッ☆とでも言いたげなまなざしだったのでイラッ、とした。いけないいけない。忍耐力で立ち向かえ。
私は根気よくマスターに話しかける。うん、うん、今日は?
「今日はっ、ホワイトデーだよ! 三月十四日、だろっ?」
「ああ、……ああ。そうか、そんな日もあったな」
さんざんっぱらもったいぶって打ち明けられた“真実”とやらは案外しょぼく、私としては気力が萎えかねなかったが、己の頬を平手で何度かぱしぱしと叩いて気持ちを、モチベーションを立て直す。
このマスターは子供なのだ。子供、子供。子供相手にむきになってはいけない。頭に血を登らせてはいけないのだ。
「で……だから、それで何故私の胸に札束を……」
「お礼だよ」
「君は最低の人間だな」
あ。
つい本音を言ってしまったが、幸いマスターの耳には届いていなかったようだ。というか自分の世界に入ってくるくるとお花畑で遊んでいる。楽しそうで、よかったな……。
「いいかねマスター、苦言を呈するようだが言わせてもらおう。ホワイトデーのお返しと言えば一般的にはクッキーやキャンディが主だ。それにマシュマロという手もあるな。とにかく」
「とにかく?」
「現金、それも札束などという代物は最低のチョイスだと知りたまえ」
気持ちを贈るものなのに、そういうイベント事なのに、現金をナマで剥きだしで相手の胸の谷間に突っ込むとは。ここまで痛々しい行為などが許されていいものか?否だ。
しかもよくよく見てみればその札束は「こども銀行けん」だし。
「せめて全て漢字で書かれたものを使ってほしいものだよ……」
「え、書いてあったらやらせてくれたの」
マスター私のいやらしいおっぱいに札束挟んでくださいって言ってくれたの、と真面目な顔でマスターが言ってきたので、私は微笑んで。


全力で彼を仕置きした。


たぷん、と鼻血の海が谷間に出来て、ああこれも久々だなと何故だか感慨深さすら覚える。そしてじわじわとこども銀行けんが血に赤に染まっていくのを美しいとさえ思ってしまった。
負けたな、と、完敗だ、と、私はマスターに諸手を上げて降参したのだった。
ただし、罰として次の日のデザートは抜きにさせてもらったが。



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