「ごちそうさん!」
ぱん、と打ち鳴らされる両手。
昼飯のパスタを食べ終えたランサーにお粗末さまでした、と返してアーチャーは何でもないように切り出す。
「そうだ……ランサー。新しく茶葉を入手したんだが、飲んでみてはくれないかね?」
「茶葉?」
「うん、なかなか珍しいものらしくてな」
どうだろう、と言ってみる。けれど内心は五分五分の状況に少々焦りを見せていた。これに相手が乗ってくれるか、どうか――――。
いや、乗ってこないことはないだろう。しかし状況的にいつそれがひっくり返されるかはきちんと理解していないと。
そんなことをアーチャーが考えているとはいざ知らずランサーは、んー、などと考えると。
「いいぜ。おまえが薦めてくるんだ、断わる理由が見つからねえ」
よし。
第一段階クリア。
“そうか”などと口では冷静に言いつつ内ではざわめきつつ、アーチャーはいったん台所へと引っ込む。そこにはカップにポット、用意された茶葉、に小さな小さな薬瓶。中には透き通った緑色の液体が半分ほど入っていた。
それを明かりに透かしながらアーチャーは思う。
凛――――君を信じて、いいのだな……?
話は少し過去へと戻る。
ランサーとアーチャーは誰もが知る恋仲だ。それはいい、それはいいのだ。アーチャーはかつてランサーを敵対視し、彼からの愛の言葉など決して受け入れなどしなかったが、今はもう受け入れてしまって、いる。だが、そこに問題が発生した。
求められすぎるのだ。
あまりにも、ランサーの性欲は激しすぎた。いつでもどこでも彼のしたいときやりたいときに求められて驚いて拒んでみたりするのだが結局は流される。これではまるで獣ではないか。
シーツの上でぼんやりと大量に魔力を持っていかれたせいで回らない頭で考える。
どうにかしなければ。
どうにかしなければ、この先自分はきっとどうにかなってしまう。
だからアーチャーは、凛に相談した。遠坂凛。
魔術師として優秀である、元マスターな彼女へと。
もちろんそれに恥がなかったとは言えない。恥ずかしかった。ひどく。凛は驚いたし、彼女はまだ高校生だったし、それに少女だった。そんな彼女に情事の件で相談を持ちかけるなどと。
しかしもう、アーチャーには彼女しか相談相手が思いつかなかったのだ。今ではもう磨耗して擦り切れてしまったけれど“衛宮士郎”であった頃の記憶、頼れる彼女。そんな彼女だったから、アーチャーも恥を忍んで相談した。
凛、私は一体どうすればいい?
さすがの遠坂凛もその相談には最初絶句していたが、すぐに順応性を見せてアーチャーから話を引きだし始めた。……それで?どうなの。そこは?……そうね、それなら――――。
話は割とスムーズに進んだ。そうしてアーチャーは。
「凛……」
意を決して紅茶を淹れ、アーチャーはそこにぽたぽたと薬瓶の中味を落としていく。適量より少し多めにと彼女は言っていたので、そのように。
紅い水色に透明な緑色はすぐに馴染んで溶けて消えた。ふわりとその名残りに甘い香りが残ったが、何。
気付かれないだろうし、もし気付かれたとしても紅茶の芳香だとも思われてしまえば大丈夫だろう。


『アーチャー、これはね……?』


真面目な顔で薬瓶を自分に渡してきたときの凛の顔を思い返しながら、アーチャーは己に気合いを入れてカップをトレイに乗せる。薬は両方のカップに入れた、自分は飲む気はないので万全だ。もし薦められたとしても今はいらないとでも言ってのらりくらりかわせばいいだけのこと。
「――――さあ、出来たぞランサー!」
わざとらしく声を張り上げて、おまけに戸棚に入れておいた手作りクッキーを添えるとアーチャーは居間へと戻る。そこには火の点いていない煙草を口に咥えたランサーがいた。
「お、やっとか」
そう言うと彼はぱっと煙草を灰皿へと置いてしまう、どうやら紅茶が出てくるまでの口寂しいのをごまかす用だったようだ。
どこか楽しそうなランサーにアーチャーはなるべく不自然でないように微笑んでみせて、カップを彼の前に置く。そうして自分の前にも。
「さあ、試してみてくれ。そして素直な感想を言ってみてくれると嬉しい」
さて、効果は如何に?
「ん」
ランサーはカップを手に取ると、何も疑う様子もなく口をつけた。確かに口に含んで、喉仏を鳴らす。嚥下する。
ごくん、と、確かな音が居間に響いた。
(……よし……!)
アーチャーは自分の勝利を確信した。それにより声が躍るのを抑えながら、言う。
「どうだねランサー、新しい茶葉の味、は……」

そこで、おかしいことに気がついた。
カップを持った、その取っ手を持ったランサーの指先がカタカタと震えている。白い肌は浅く紅潮し、何故だかつう、と、汗をひとすじそこに垂らしていた。
「……ランサー? どうした、具合でも……ランサー?」
そう呼びかけて、顔を覗き込もうとしたとき目が合った。
どくん、と胸が鼓動する。瞳孔が収縮した赤い瞳。真っ赤な、血の色の瞳。
思わず後ずさる、その目の前でランサーは身を折って。
「何だこりゃ――――喉が、喉が――――」
はあっ、はあっ、と目に見えて荒い息。それは引きつってみっともなく荒げていた。ざっ、と振られる腕が置かれたカップを薙ぎ倒す。アーチャーが飲まなかった、ランサーが口をつけて残した紅い水が溢れてこぼれて――――。
それはもう、凄惨な有り様だった。
「ランサー、どうした……ランサー!」
「喉が!」
絶叫するランサーに引いてしまうアーチャー、その彼の前でランサーは叫び続ける。
まるで、そうしなければ激情が自身の身を突き破るのではないかというかのように。
「喉が渇きやがる……焼けるように熱いんだ! 何だこりゃ……オレはどうしたってんだ、一体……!」
(凛……!?)
混乱の中アーチャーは、薬瓶を己に預けた少女のことを思う。これを渡すとき彼女は言った。これは。
これはね?アーチャー。
「アーチャー……」
「落ち着けランサー、落ち着……んっ……!」
これはね、アーチャー。


飲ませた相手の性欲を、抑える薬なのよ。


そう、彼女は言っていた。 けれどこれはまるで、その逆ではないか――――!?
かぶりつくように深いくちづけを受けながらアーチャーは思う。そうだ、まるっきり逆だ。性欲を抑えるどころかランサーは滾り、男としての本能をあからさまにしてアーチャーに襲い掛かっているではないか。今も怯えるアーチャーの舌を力づくで絡めとって引きだしてこようとしている。いや、もう、されてしまった。
ぬるぬると絡みあう露出した内臓の一部、そこは味を感じるだけではなく、とても敏感な箇所で、そこを力任せに何度も何度も擦り合わされてしまえばもうアーチャーの腰は簡単に砕けてしまう。
「っ、んく、」
溢れた唾液を音を立てて飲み下し、それでも足りないとばかりにランサーはアーチャーの露出した首筋に喰らいついてくる。それにたまらずアーチャーは止めてくれ、許してくれとの叫びを上げた。
「ランサ、ラ、ンサー……! こんなところで、誰か……! 誰かが、来たらっ、」
「それでも構わねえよ……! オレはすぐにでもおまえが欲しい、抱きたい、喰らいたい、全部が全部欲しい。待ってられるか……!」
これではまるで媚薬だ!
凛はどこをどうして性欲を抑える薬を作るはずが媚薬など作り出してしまったのか、問い詰めたいが彼女はここにはいない。だけれどもここは居間。いつ、誰がここに入ってくるか知れないのだ。
「あっ……あっ、あっ、あっ、あ、」
その上、最悪の事態が起きた。
先程のランサーとのくちづけで、ランサーが飲んだ媚薬がアーチャーにもわずかではあるが効いてきてしまって、ただ首筋を舐められて齧られているだけなのにたまらない快楽が走る。背筋を震え上がるような怖気が駆け上っていき、目前はくらくらと星が飛ぶ。
本来ならばこんなこと、歯を食いしばれば堪えられる程度の愛撫なのに。だというのにアーチャーの口からはみっともなく喘ぎが嬌声が漏れて、ますます獣と化したランサーを煽るのだった。
「やっ、は、ランサ、ーッ、! 駄目だ、だめ、だめだ、っ……」
覆い被さられて頭を恐慌が満たす、けれど同時に快楽もが満ちて。
人間であった頃、まだ英霊になる前に打たれた麻薬の効果に似た幻惑的な世界がアーチャーを襲う。
「!」
ランサーの犬歯が血管に喰らいつく、その痛みでさえ快楽に繋がって。
とろりと流れ出した血を当然のようにランサーは啜る、飲み下す、舐めしゃぶる。そうして出来た傷跡を舌で抉っては、新たに溢れだす血をまた啜っては荒い息と言葉未満の声を落とした。
さながら、その灼熱で室内が曇るような熱さ――――。
ぞくぞくぞく、と、アーチャーの背筋を走るものがある。裸足の足のすべての指をきゅうううっと丸めて、アーチャーは頭を振りながらその感覚に身悶えた。
縋りつくものがない、考えてランサーの背に腕を回したがそれでさえ今の彼には快楽に繋がってしまうようで。
「アーチャー……!」
切羽詰った声を上げてくちづけてきたランサーの唇は当然のように血の味がした。己の血の味を味わいながら陶然と瞳を曇らせて、アーチャーは理性が音を立てて崩れ去っていくのを感じる。
ああ。
こんなに、気持ちがいいのなら。
もう、流されてしまってもいいのではないだろうか、と――――。
「アーチャー、アーチャー、アーチャー、」
「あぁ……っ……」
呼ばれるその声だけで、達してしまいそうになる。
下肢に押し付けられるランサー自身はとっくに熱くなって固い、きっと媚薬の効果だろう。
頑なな自分の内も蕩けていくのを思いながら、まったく便利な体だとアーチャーは思う。媚薬程度でこんな……いや。
サーヴァントである自分たちをこんな狂乱の渦に叩き込む凛の作った媚薬は、もしかして相当恐ろしいものなのではないだろうか……?
「ん、っ、ふ、くっ、」
乱暴に下着とスラックスを下ろされ溢れた唾液で濡らされた指を突き込まれ声を漏らす。白い指が一本、また一本と。
普段ならば圧迫感と多少の痛みを感じるのに、それさえも今はなくて奥までランサーの指を迎え入れる。その最中もはっ、はっ、と荒い息が首筋を湿らせるのに悦を感じ、その犬歯で動脈を突き破ってほしいとまで考えてしまう。
自分の思考にぞっとしながら、そういえば背中が痛い、と、埒もないことをそのとき、考えた。
「あ、」
指が抜き去られたかと思えば先端を押し付けられて。
あ、と漏らした間もなく、一気に奥まで押し入られていた。
「あ……あ、あ――――……っ……!」
びゅく、とそれだけで達してしまい、己の腹と顔までに白濁としたものをぶちまけてしまう。だがすぐさま復活したものは腹と腹の間で擦られ、気が狂いそうな快楽をアーチャーに与えてくる。
粘着質な音が耳から侵入してくる、犯される、それさえも愉悦。
ランサーが顔にまで飛んだものを舐め回してくる、その舌の感覚さえも神経が焼けて融け落ちそうなほど愉悦じみていて。
「中に、全部、出すぞ……っ!」
宣言に声もなくこくこくと頷いて、次の瞬間どっと与えられた胎をも犯すような錯覚を覚える熱さと濃さに満ちた精液に身じろぐことも出来ない。それは何度も何度も中で戦慄いて、アーチャーの内をいっぱいにしていく。
それをずるりと引き抜かれて、つう、と内と外で糸を繋ぐのをぼやけた瞳で見やる。けれどそのランサー自身は萎えることなく、固さを保っていて。
これも媚薬の効果なのか、それとも、とまた埒もないことをぼんやりと考える。
だけど。
ぐちゅ、と中をいっぱいにした白濁を押し出すように入ってくるランサー自身を蕩けたアーチャーの内は受け入れる。
「おまえが、」
欲しい。
欲しくて欲しくて、たまらねえ。
余裕のない声と顔つきで言ったランサーに、アーチャーは。
「あぁ……」
うっとりとした声で、言っていた。
「私も、君が……――――」


後日談。
薬の効果はどうだった?と楽しそうな声で聞いてきた凛に結果を言うことも出来ず。
耳まで赤くなって、顔を伏せたアーチャーに怪訝そうな表情をする凛なのだった。




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