聖夜にサンタクロースなんてもんが万が一にも来やしないかな―――――なんて。
枕元に冗談で靴下を置いて寝てみた。
坊主の家で、部屋を借りて。
住処はあるがたらふくアーチャーの飯を馳走になってから帰るのは面倒だったから。いいよ部屋なんてたくさんあるからさ、と坊主も言ってくれたことだし。
しかしそのほとんどに女子供が住まってるってのもうらやましいもんだ。まあ、オレにはアーチャーがいるからいいけれどな、だとか。
思いながら眠りについた。
「―――――」
だからバチが当たったんだろうか。
苦しい。
重い、息が、できない、腹の上に何か乗って、馬鹿野郎そんな夏の怪談みたいなことをいまごろ、ってでもおい、本当に重いんだ。
目をうっすらと開けてみる。やけに暗い。ああ、まだ夜中だもんな。だけど、それでも目を開けたにしちゃ暗いんだ。
「ああ……?」
ため息みたいな訝しがる声を上げて、目を凝らしてみた。するとそこには、
「…………おい」
「ようやく起きたか、ランサー」
アーチャーがいた。
「……なにやってんだ、おまえ」
「さて。何に見えるかな?」
くすくすと笑って奴はやたらと上機嫌だ。ていうか、だな。明らかにおかしいだろ。
日頃のバイトのせいで疲れて“開きたくねえよー”とか言ってる目を無理矢理に開いて見ると、こころなしか顔が赤い。夜中に人の腹の上にまたがって、くすくす笑いながら赤い顔してるってどういうことだ。
明らかに様子がおかしい。
……と、だ。
「おい、おまえ何持ってる」
「ああ、これか?」
「……ちょっと待て。それ、おまえ、」
「片づけが終わってから下ですすめられてな。少しもらったのだが、存外に美味く―――――」
「ふざけんな! 半分以上減ってるじゃねえか、どこが少しだ! てめえ、しかもそいつはまともな酒じゃねえ……」
気づいてみれば奇妙な甘ったるい匂いがしやがる。鼻をひくつかせて吠えれば、アーチャーは首をかしげて。
「イリヤスフィールの持ってきたものだと言っていたな」
「……よこせ。今からでもいい。処分してやるから、瓶ごとよこせこの酒乱野郎」
「欲しければ私から奪ってみるがいい。……最速の英霊と名高い君だ。簡単だろう?」
「……ふ・ざ・け・ん・な、この野郎。優しく言ってやってるうちによこせよ」
「優しくしてくれるのか? うれしいな。だが、私は―――――」
「いいからよこせ!」
怒鳴って、手を突きだす。だが奴もだてに英霊やってねえ。素早くかわすと瓶のコルクを行儀悪く歯で開けて、こぷりと音を立てて中味を飲んだ。
そしてこっちを見て挑発的な目つきで笑う。…………イカれてやがる、完全に。
大体あのアインツベルンの嬢ちゃんの持ってきた酒ってのが悪い。それにまんまとはまるこいつもこいつだ。
英霊に干渉する酒なんて、ロクなもんじゃねえぞ。
「ち、」
舌打ちをして上半身を起こす。狙いを定めて、ふらついているアーチャーの手に握られた瓶を手の甲で弾く。ぱん、と乾いた音がして、しっかりと瓶を握っていたように見えた指先はあっけなく瓶から離れる。栓が開いたままで、瓶は宙を舞う。
遠くで鈍い音が聞こえた。どっかへ転がっていったんだろう。
まあ、とりあえず―――――これでこれ以上の災難は―――――。
回避された、と思ったオレが甘かった。
「―――――ってぇ!」
畳に頭をぶつける。強い力で、押し倒されたのだと気づいたときは、赤い雫を指で舐め取って恍惚とした表情のアーチャーが、とがめるような口調で言っていた。
「まだ残っていたというのに―――――まったく、君はもったいないことをする」
だが、いい。
うすら寒い笑顔でそうつぶやいて、アーチャーは突然唇を覆い被せてきた。
舌が積極的に絡んでくる。いつものアーチャーは逃げるばかりで、それを追うのが楽しみだ。だが、今夜のアーチャーはまったく逆だった。
突然の攻撃に強張ったオレの舌を翻弄して、吸い上げて唇の端を舐める。肌との境目、輪郭を辿るように舌先でなぞる。
「おい、アーチャー……」
「うん?」
「おまえ、一体なんのつもりだ」
「今日は聖夜だろう? いつも君には世話になっている、だから……」
だから、なんだってんだ。
「今日は、私が全部してやろう。君はただ横たわっているだけでいい」
「はあ!? っざっけんな、おま―――――」
酔っ払いを相手に誰が興じられるかってんだ。そう叫ぼうとした声は、二度目の唇でふさがれる。
粘着質な音。アーチャーの口内は、かすかにアルコールとなにか得体の知れない味がした。畜生アインツベルン。
「てめ、」
唸りを上げる。
いつもは冷たい手が、熱さを持ってオレの下半身を撫で下ろすようにもてあそんでいく。すれすれに肝心なところには触れずに、筋肉の流れにそって指を動かして、くすくす笑っている。
「簡単に触れてはつまらんだろう? 君だって私をいつも焦らすではないか。だから、私もそうしようと思う。簡単に入れさせてなどやらんよランサー。焦らして、焦らして、君から懇願してくるまで焦らしてやろうではないか。なあ、素敵だとは思わんかね?」
「この野郎、ナマ言いやがって……」
足に擦りつけながらなに言ってやがるんだ、この酒乱。
欲しいのはおまえの方じゃねえのかよ。
あ、はあ、と冷たい空気の中に熱い吐息を漏らしながら、薄いスラックス越しにオレの腿にそこを擦りつけてくるアーチャーの顔は、暗闇の中でも赤い。さっきよりも赤みが増している。
「―――――ん、ふ、」
喘いで、今度は直接的なところに手を伸ばしてきた。
布の上から。
「っつ、」
熱い手が触れた。思わず腰が動きそうになるのを根性で押さえた。
まるで挨拶するかのように、その手は軽く触れてきてから今度は指先が頂点を撫でる。敏感なそこを、アーチャーの熱い指がこねくるように触りやがって、ああもう、なんなんだよ。
「熱いな……」
感心したようにアーチャーがつぶやく。それに大きい、すごい、とも。
思わず呆れたような声が漏れてしまう。
「……それをいつも受け入れてるおまえはもっとすげえよ」
「そうか」
やっぱりこいつ酔っ払いだ。
ボケてやがる。
放っておきゃ眠ってくれるんじゃないかと思ったが、それより先に手の方が攻撃を開始し始めた。
「なら、もっと大きくしないと、な―――――?」
舌をちらり、と出して。
わざとらしく指を濡らすと、下半身のそこの隙間からその指を入れてくる。直に触れた指は火傷しそうなほど熱くて、こいつ大丈夫なのか、と自分の置かれた状況も忘れて思っちまったくらいだ。
だけど指が動き始めたらそんなことは当然だが考えられなくなった。
なんというか、そのだ。
口に出すのもはばかられる音がしやがる。酔っ払ってるくせに適度に刺激を加えてきて、追いつめてきたかと思うとふっと離れていく。その指をちゅうっと吸って、アーチャーの奴はまたオレ自身で遊び始める。
気づけばみっともねえくらいに育てられたオレ自身は、脈打って先走りをこぼしていた。
アーチャーはくすくす笑って……この笑い声も聞き飽きた……辛いか?とたずねてきた。
「辛いかランサー? もう耐えられないといった顔をしているぞ? なあ、どうなんだランサー?」
「うるせえ……そのくらい、てめえで判断しやがれ……」
憎まれ口をきいたものの、もう声には限界が出ていた。それを聞き取ったのか、アーチャーは鋼色の瞳を細めてうっとりと微笑む。
「仕方ないな、自分で言えないのか」
「―――――っう、ぐ」
また、唇が覆い被さってきた。
ふと体にのしかかっていた重みが軽くなる。熱に浮かされたうつろな目で見れば、アーチャーは腰を浮かせて片手でもどかしそうにスラックスを下ろしていた。
なかなか思い通りに行かないのかキスは長い間続いて、とうとうアーチャーは下着ごとスラックスを脱ぎ去ってしまった。
それでようやく唇が離れていく。糸を引いて。
「……てめえ、後で覚えておけよ」
「忘れるなど出来んよ。君との交歓を」
なにが交歓だ。
ふざけんな。
「―――――ッあ……!」
「く…………!」
ぐい、ぐい、と腰を押しつけてくるようにアーチャーはオレの上で体を揺らす。慣らしもしないせいか、当然上手く行くわけがねえ。
なのにアーチャーの顔は、苦しそうでいて悦に入っているという矛盾を孕んだ表情を浮かべていた。
「ば、っか、やろ…………きついんだよ、血、出てんじゃねえか……!」
「いた、い、……が」
「あ!?」
大声で聞き返せば、アーチャーはやたらと色っぽい声で鳴いてから。
「痛い方が、いいんだ……っ」
そう、聞いたこっちが拍子抜けするくらいにあっさりとそう言い放って、最奥までオレを飲みこんだ。
「う、ごく、動く、から、君は、」
何もしなくていい。
そう言って、オレの上の体は動きだす。緩慢に、ゆっくり。また、焦らすかのように。
だが、自分で自分を抑えきれなくなったのか。アーチャーの動きはだんだんと早くなっていった。褐色の肌がしっとりと湿ってくるのがわかる。汗が飛んできて、オレの汗と交じり合って顎を伝っていく。
「ランサー、ラン、サ、」
「……どうした、よ?」
束ねた神経をわしづかみにされて容赦なく揺さぶられてるみてえだ。
熱い、アーチャーの手に。
そんなアーチャーの手は実際にはオレの両頬に触れていて、やっぱりものすごく熱い。このまま溶けて、オレの上を流れてっちまうんじゃねえかってくらいだ。
「いい、か、ランサー……?」
「アーチャー……?」
「私の体は、気持ちがいいか……?」
それは。
挑発するつもりで言ったかもしれないひとことだったが。
こっちにとっちゃ、とんでもない爆弾だった。
アーチャーの体みてえに、溶けてとうとうと布団と畳の上を流れていきそうだったオレの理性ってやつはかけらも残さずそのひとことで吹っ飛んだ。
かあっと、体中に力が巡っていくのがわかる。
は、現金なもんだ。
「く、」
「あ……っ」
腰の辺りが弾けるような感覚がして、一気にアーチャーの中に熱が注ぎこまれる。それと同時にアーチャーも前を弾けさせた。汚れる黒いシャツ。
「ん、は、」
体を震わせて、アーチャーはそれでもしばらく腰を動かしていた。止まらない、というかのように。それでもオレの全部が注ぎこまれるとその腰の動きをゆるやかに止めて、長い長いため息を吐いて満足そうに、宙に視線をさ迷わせた。
それは見てるだけで、ぞっとするような光景だった。
「は―――――」
しまりのない口元を汚す涎。
だらだらとこぼれるそれをそのままに、呆けたようなアーチャーの腕をとらえて、オレは動いた。
「…………ッ」
ずるり、と中に入っていたものを引き抜かれたからか、アーチャーの体が大きく跳ねる。その勢いのまま後ろを向かせて押さえつけた。頭を力任せに。
そのまま腰を高く上げさせると、今まで入ってた場所から白く濁ったものがこぼれる。褐色の足を伝っていく様ときたら、そりゃあもう。
「……たまらねえ」
だから。
「ランサ、……あ―――――……!」
すぐに滾った自身を、突き入れた。
「あ、ん、あ、あ、あっ、あ、あ、」
獣の姿勢で布団に伏して、アーチャーは突かれるままに声を上げ続ける。どこかに聞こえるだとか、そんなことは最初から考えてもいねえんだろう。
正気じゃ聞いていられないくらいの音がそこからしてきて、アーチャーはそのたびにあ、だのあん、だの意味のない喘ぎ声を漏らす。
たまに、
ランサー。
だとか。
もう、最初のよく回っていた口は正直どこへ行ったのかオレにはわからなかった。壊れちまったんじゃねえかと思うくらい、アーチャーは体をがくがくと揺らしてオレに突き入れられるままに声を上げている。完全に攻守は逆転しちまってた。
だが、アーチャーは普段みたいに嫌々ぶってたわけじゃねえ。
「あ、いい、すごく…………奥、まで、らん、さ、あ…………」
それで、キた。
「馬鹿野郎……!」
それが。
こんなことしやがって、馬鹿野郎、なのか。
そんなこと言いやがって、馬鹿野郎、なのか。
オレにもよくわからなかった。
頭の中はどろどろに溶けて、シチューにでもなっちまったみてえだったからだ。
「は、はは……!」
傑作じゃねえか。
笑いながらオレは今度こそ、全部をアーチャーの中に注ぎこんだ。もう無理だ。それくらいの勢いで。
アーチャーはもう声も出ないのか、かすれた息を上げながらがくがく体を揺らすだけだ。
がくがく。
がくがく。
がくがく。
―――――ああ。潰れやがった。
支えるものがなくなって、布団にそのまま倒れこんだ惨状を整えてやろうとして、くらりとくる。
やべえ。
魔力、持ってかれすぎた、か。
急速な眠気がオレに襲いかかってきた。慌ててそんなめちゃくちゃな状態な中、めちゃくちゃに焦ってとりあえずシーツでもって汚れを拭ってやり、スラックスと下着を上げてやる。ったくこの野郎、てめえだけ気持ちよさそうな顔して気絶しやがって……汗はもういいな。
目に見えてやべえものだけ始末して、オレは沈没した。
もうだめだ。
すべてのしこうがひらがなになるくらい、とても、とてもねむいんだ―――――。


「おーい、ランサー、朝だぞ、ランサー」
朝飯だぞー、なんて声が遠くからする。
うるせえ。
オレはまだ寝ていてえんだよ。
起こすんじゃねえよ、噛むぞ。
「ランサー、片づかないから食っちまってく……れ」
ぼたり。
なにかを落とす音と人の気配がして、オレはしぶしぶ目を開けた。
そこには坊主。青ざめた顔をして、部屋の中を見てる。
やべえ―――――気づかれたか!
そういやアーチャーを部屋に戻してなかったし、あれもこれも始末してなかった気がする……って、本格的にやべえじゃねえか!
「う……わ」
「坊主、あのな、これはな、」
「うわあああああ!」
坊主は絶叫して部屋から飛びだしていった。舌打ちして、後を追うかと概念武装を纏いかけ、て、
「…………あ」
部屋に転がるワインのボトルと。
そこからとくとくとこぼれたらしい真っ赤な中味。
それに染まったシーツと、その上に横たわるアーチャーがいた。
なるほど。
こりゃあ、叫ぶわな。
そんな中でもアーチャーは幸せそうに眠っていて、オレはどうやって坊主に説明したもんかと苦笑いしながら思った。
ったく、とんだクリスマスプレゼントもあったもんだ。



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