赤い槍は、魔力殺し。

ざく、ざく、ざく。

黄色い槍は、命削り。

ざく、ざく、ざく、ざく。

――――あれ?
どうして、自分はこんなことをしているんだろう。
ふと不思議に思い、それでも手は止まらない。ざく、ざく、ざく、命削りの槍をひたすらに目の前の体に穿ち続ける。ざく、ざく、ざく。リズミカルにテンポよく、ざく、ざく、ざく、といっそ鼻歌混じりじゃないのがおかしいくらいリズミカルに繰り返す。
ざく、ざく、ざく。
魔力殺しの赤い槍で鎧を壊されて、あらわになった褐色の、はらわたが詰まった脇腹を貫いて射止めて。動けないようにして一生懸命に命削りの槍を穿ち続ける。何故?どうして?ここまで一生懸命になって。いっそ真摯なほど懸命になって。
何だか自分の意思じゃないみたいだ。それでもこれは自分がやっていること。相手に馬乗りになって、整ったリズムで繰り返す。
ああ、きれいだな、とこぼれる中味と赤い血を見てぼんやり思った。
黄色い槍は命削りの槍。解除するには槍自体を折るか、自分自身を殺すしかない。それだというのに自分は目の前の体に槍を穿ち続ける。その先にあるのは破滅でしかないというのに、終わりでしかないというのに。
自分は目の前の体に槍を穿ち続ける。
何だか陵辱してるみたいだ。呑気にそんなことを考える。だって相手の息は荒くて熱くて、ひどく火照っていて。その体に吸い込まれていくのは自分の分身と言ってもいい呪いの槍。これはちょっとした性交じゃないか。性交と違うのは、相手が達してしまう前に終わりが来ることだろうが。
そう。
死が。
だから。どうして。
自分はこんなことを、しているんだ?
どうしてここまで、自分の手は迷いがないんだろう。どうして槍を握った手は震えもしないんだろう。しっかりと握って離そうとしないんだろう。力の限りに握って、突き刺し続けているんだろう。
ぴっ、と血の飛沫が口元に飛んできて、思わず舌を出してそれを舐め取ると、とてもとても甘かった。あまりにも甘いものだからもっと欲しくなったけれど槍を突き刺す手は止まらない。放り捨てて傷口に唇を押し当てて思う様に血を貪れば今以上の甘露が味わえただろうに。
だというのに、自分の手はきっと自分の意思に反して槍を。
命削りの槍を、わかっていて穿ち続ける。
ざく、ざく、ざく、ざく、ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。
自分の息は乱れもしなかった。同じ場所にずっと槍を穿ち続けていた。だからそこには痛々しげな穴が開いて、向こう側が見えて。あれ。
これだと、このひとは、もうすぐ。
それでも自分の手は止まらない。こうなるともう何だか別の意思に操られているみたい。でも、自分の意思でやっていることで……。
わけがわからなくなってきたころ、ひくり、と、目の前の体が震え。
「……あ」
呆けた声が、自分の口から漏れた。
辺りは気付けばひたひたと、彼の体から溢れた血で出来た水溜り。
「……あ、あ、」
断続的に、まるで最後を極めているみたいに彼の体は何度も何度も震え、びくんびくんと跳ね上がって。
自らの血溜まりの中で跳ねて、飛沫を飛ばして。
「あっ、あああっ、あっ、」
美しい鋼色の瞳を閉じることもしないまま、見開いて、当然のように絶命した。
「うわあああああ、あああっ、ああああああっ!!」




自分の声が耳障りだ。それと、目の奥がすごく熱い。
これはおそらく泣く前兆なのだ――――そう思った直後、肩にそっと手が添えられた。
「どうした? ディルムッド」
「……え」
何も見たくなくて、目元を押さえていた手をおそるおそる離せば辺りは見知った場所。萌え茂る緑、湧く泉。ここは自分の座だ。
しかし、何故ここに?今まで自分は――――。
「どこか体の調子でも悪いのか? ……ディルムッド?」
「…………っ」
顔を上げる。そこには、


「エミヤさん……っ!!」


散々、今まで嬲っていたひとの姿。
何故、どうして。彼がここに。自分の座に?記憶を辿ってみるが記録が“読めない”。というか、そんな記録は“見当たらない”。
しばし混乱に浸る自分を彼は訝しげに見つめ、かすかに首をかしげてみせた。どうしたのだろうとその鋼色の瞳が言っている。その瞳を見て、思わず切羽詰ってしまい。
「っと……!」
「エミヤさん、エミヤさんエミヤさんエミヤさん……!」
飼い主に縋り付く犬のように飛びついて押し倒せば焦った声。とさり、とふたりそろって近くの茂みに転がってしまい、ちくちくとした草が肌を刺す。
その際に浅く褐色の肌を草が切ってしまったのか、薄く裂けた赤味に思わずとくんと胸が高鳴って。
「っ、」
思わず傷口に舌を這わせれば彼の口から押し殺した声。だがそれにも構わずに甘い血を拭って飲み込み、嚥下していく。胃が熱い。喉が、甘さで焼けるようだ。一気に熱情が押し寄せてきて、引いたかと思われた涙がまた、こぼれてきた。
「…………」
彼はただただ驚いているようだ。
そうだろう、いきなり名前を呼ばれたかと思えば飛びつかれ押し倒されて顔の傷を舐められ、その果てに泣きだされれば。意味がわからない、という気持ちだろう。
それでも彼は自分を突き放さないでくれていた。声を詰まらせて泣く自分を、縋り付いて泣く自分の頭を撫でて、黙っていてくれた。
自分が泣き止むまで、ただただ黙っていてくれた。


「……落ち着いたか?」
「……はい」


すん、と鼻を鳴らして頷くと、頭をもう一撫でしてかすかにだが、笑ってくれる。それが照れくさくて自分も少し笑った。それで、と、彼は言う。
「それで、これは一体どういうことなんだ?」
「それが……俺にも、よくわからなくて……」
申し訳ない。ちらりと上目遣いで彼を見てみれば、目を閉じて腕を組み、大きく息を吐きだして。
「……そうか。私もよくわかっているわけではないが、わかる限りは教えてやろう」
彼が言うには、こういうことだった。
自分はどうやら、彼らの時代、第五次聖杯戦争に召喚されたらしい。そこで彼と自分は面識を得たのだ。……光の御子、クー・フーリンとも。彼――――エミヤとは、戦いを経て真名を知る仲ともなった。クー・フーリンと共にエミヤは、第五次聖杯戦争が行われた時代に十年近くを飛ばされたことで不慣れである自分に色々と良くしてくれた。そんな彼に自分が、恋情に似た憧れを抱いたのもまた、仕方のないことと言えただろう。
その記録を辿ってみれば、なるほど記憶に残っていた。だがしかし、どうしてエミヤが自分の座にいるのだろう。
それがわからない。
「座に戻った……ということは、俺は敗退したということなんでしょうか……」
けれど、その寸前に見た“光景”では自分は、エミヤを殺していたが……。
「“釜”に投げ込まれた際に、悪夢を見せられたのかもしれんな」
「“釜”……」
記録を辿る。自分たちサーヴァントは敗退した後に力の塊となって聖杯に収納される。その際に彼ら彼女らの意識は潰されて、ただただ力の塊となるだけ、なのだが――――。
「聖杯はどうしようもなく呪われている。その影響を、君は受けてしまったのかもしれない」
「…………」
“聖杯に呪いあれ”
“その願望に災いあれ”
“いつか地獄の釜に落ちながら――――”。
かつて、自らが誰彼の見境なく叫んだ禍言を思い出す。押し黙った自分にエミヤは。
「君のせいではない。……どうしようもなく、呪われていたんだ。既に、聖杯なんていうものは」
遠い目をしながら言うエミヤに、何故だか死の間際自分を見つめていた男の面影が過ぎる。くたびれた衣装に荒んだ瞳、それはおそらくセイバーの。
「ディルムッド?」
静かに数度首を振った自分に、エミヤが不思議そうに尋ねてくる。それに苦笑し返しながら、自分は言った。
「あなたが……ここにいてくれて、よかった」
今ここに。
ここにいてくれて、よかった。
どんな理由でもいい、どんな理由でも構わない。彼が、エミヤが傍にいてくれるのなら。
あの恐ろしい夢も、浄化されていく。
「……ディルムッド?」
「……エミヤさん」
そっとくちづけた唇がもう一度、ディルムッド、と自分の名を呼ぶのを見てたまらなく欲情した。間違った感情でも、抱いてしまったのなら。
「抱かせて……ください」
鋼色の瞳が驚くように見開かれたのを確認して、そっと、もう一度その唇にくちづけながら大柄な彼の体を押し倒していった。




「ふ……ぅ、んん……っ……」
低い、艶やかな声が緑の中に響く。
手の甲を口元に押し当てて耐えるエミヤに、愛撫を与えながらその声が抑えられてしまうのは惜しいなと思った。だから、「聞かせて、ください」といささか積極的に強請ってみせる。
すると彼は濡れた鋼色の瞳を開いて、少し怒ったような顔をしてみせた。褐色の頬がわずかに赤い。照れているのだろうか?
だとしたら可愛らしいな、と思っていると触れる指先を抓られて。
「そんなことを……言うものでは、ない、」
「でも、」
「でも、ではない」
「だって」
「……言い方を変えても駄目だ――――ッ、あ、あァっ!」
ガードが緩んだ隙を突いて首筋に噛み付いてみると、甲高い声が間近で上がった。思わずそれにぞくぞくとさせられて、男の本能を歓喜させられる。こういうところが可愛いのだ、と思わずにはいられない。
「卑怯だぞ……っ、ん、はっ、」
とりあえずやわやわと甘噛みをしながらどこがいいのか探ってみる。辺りを這い回っていた指で、そっとうなじをなぞってみせると、
「――――〜ッ!」と詰まった声を上げて体をぶるぶると震わせる。そうか、ここがいいのか。
そっと彼を象徴するような真っ赤な概念武装をも剥いでいくと、あらわになるしっかりと筋肉がついた二の腕。そこにもかぷり、と噛み付いてみせて、何度も血管を舌で辿った。
舐めた端から唾液の跡が冷気と化していって涼しく刺激的なのか、いやいやと頭を振ってみせる仕草がまた可愛い。
上げられた白い髪がその仕草で下りてしまってきていて、幼く見えるのが妙に蠱惑的だった。
「エミヤさん……、可愛い、で、す」
噛みながら喋るので変な発音になったが、それでも彼には伝わったようだったのでよかった。噛む肌の温度が上昇したからわかったこと。 さあっ、と褐色の肌がさらに赤くなっていく。
緑の草の上で見る、褐色の肌のコントラスト。
それは、奇妙であって二度と見られないような光景で。
ベルトや金具で拘束された体をひとつひとつ暴いていく征服感、暴かれていく肌にひとつ、またひとつと痕を残していく快楽。頭に血が上りそうになって慌てて堪える。駄目だ。この体は、じっくりと味わいたい。
噛んでばかりいたので歯型だらけになった首筋を舐め上げれば、悲鳴のような声が響くように返ってくる。首が弱いのか。
ならば、と、ちゅっ、ちゅっ、と音を立てながらくちづけを落としていくと続いて悲鳴が上がる。これが、本当に耳に心地良い。
元が低いものだから、その落差が本当に心地良いのだ。耐え切れない甘さを帯びて、この声の持ち主が手の中に落ちてくると思うだけで――――ああ、思うだけでたまらない。
いつしかエミヤの体は、数本のベルトと腰に巻かれた外套を残すのみとなっていて。
曝された彼自身はこれまでの愛撫で感じていたのか緩く勃ち上がり、雫を漏らしている。それをじっと至近距離で見つめ――――。
さすがに羞恥心に耐え切れなくなったらしい彼が声を上げようとしたところで、何の前触れもなく口内に含んだ。
「ッ!? ッな、あ、ッ――――!」
びくん、と大きく声を上げて体を跳ね上げる。一心不乱に奉仕すればそれはどんどんと口内で高まっていき、甘い精が漏れだしてきた。
「うぁ、っん、は、ぅ、っや、め……!」
やめてほしくなんて、ないくせに。
思いはするが口は塞がっているので言えない、し、言おうとも思わない。今はただ口淫を続けたい。
この滲み出る甘い精を、吸い尽くしてしまいたい。
れろり、と幹を舐め上げて、とろとろになった先端に吸い付いて、括れを舌で器用につついて。
「は、ぁ……っ……!」
やがて簡素で、だからこそいやらしい声を上げてエミヤは達した。どくどくと口内に甘く、熱い精が注ぎ込まれてくる。
それを全て飲み干して口元の残滓をも舌で舐め取り体の下のエミヤを見下ろせば、くったりと解放の余韻に弛緩していた。
蕩けた鋼色の瞳にはうっすら涙が浮かび、それは、それは本当にどうしようもなく。
どくん、と心臓が鼓動する。何度も何度も跳ね上がり、この体を蹂躙したい、と男としての征服欲が吼える。
「……エミヤさん」
その顔の前に指を一本、差しだしてみれば呆、としたまなざしがそれに絡み付いて。
そして真っ赤な舌が伸びてくると、何の抵抗もなくまなざしのように絡み付いてきた。
「ん……んんっ、ん……ふ……っ……」
くちゅくちゅ、と、唾液が溜まって立てる音。
続いて指の本数を増やして三本までにすれば、それさえも全て受け入れてくる。
充分に濡れたであろうことを察してそっと引き抜けば、れ、と糸を引いて舌と指先は離れていった。
いきなり三本入れる気はない。
だから一本だけを奥に添えて、いいですか、と問うが答えはない。だがかすかに顎が引かれた気がしたので、了解されたものだと取って中へと入れていく。
「んんっ……」
びくん、と震えて上がる声。
弛緩した体は抵抗もなく、自分の指を受け入れる。続けて二本目。……しばらく考えて、中で何度か動かして抵抗がないことを確かめてから三本目。
三本目には抵抗があったが、それもすぐにとろけて絡み付いてくる。鼓動は駆け足から全力疾走、征服欲は猛り狂う。
「エミヤさん……」
「……ディル、ムッド……!」
名前を呼ばれたときに、決壊した。
「や――――ああっ!」
次の瞬間には一気に指を引き抜いて、必要な部分だけの武装を解き、はち切れそうだった自身をエミヤの中へと突き入れていた。
がくがくとエミヤの体は震え、その辺りにある草を掴むがぶちぶちとそれは千切れてしまい、よすがとはならない。
うっすらと浮かんでいた涙はもうなみなみと溢れ、こぼれてしまい、見た自分に罪悪感を招いたがそれよりも昂ぶる征服欲に打ち消されてしまった。
これはとんでもない蛮行だ。そうは思うが熱が自分を止めてくれない。あっさりと自分を支配してしまって獣と化させた。
エミヤの内は狭く、きつく、柔らかく熱く、頭がくらくらして仕方ない。すぐにでも放ちそうになるが、それはあまりにももったいないことに思えたので歯を食いしばって何とか耐えた。何度も何度も何度も、自分は彼を貫き続ける。


あの、悪夢の中のように。


刹那、ざあ――――と頭から血が落ちそうになるが、目の前の嬌態にすぐにそれは戻ってくる。大丈夫。あれは夢だ。
これが現実。彼を抱いていられる、多幸感に満たされた今が現実なのだ。
そう考えれば目が眩みそうになり、息が上がり、頭の中が真っ白になりそうになる。けれど先程も言ったがもったいない。
存分に味わなければ、彼を。エミヤを。
この腕の中の、愛おしい彼を。
「んっ、はっ……く、んっ、んんっ……ふ、ぁ、あっ、」
「エミヤさん……エミヤさん、エミヤさん、エミヤさん……っ……」
「ふ……っ、ん、っあ、や、……っと、もっと……っ……」
彼から。
彼から、求めてきてくれた。その事実が涙が出るほど嬉しくて、実際に泣いてしまいながら自分は彼を抱く。ぼたぼたとみっともなく、涙を流しながら自分は彼を抱く。
貫いて、押し進めて、突き上げて、揺さぶって。
ありとあらゆる方法で、自分は彼を味わい尽くす。
獣のように。けだものの、ように。
男でさえいられずに、もはや雄じみて、自分は。
「ん……んっ、く……!」
そんなものだからみっともなく先に達してしまって、自分は白濁をエミヤの中へと注ぎ込む。熱く量があるそれは隙間から溢れてこぼれ、真っ赤な外套と褐色の肌を汚し。
その刺激にか、エミヤもすぐに達していた。声にならない声を上げて己の腹に大半の精を放ち、何度も何度も身を引きつらせて。
片方だけ脱げたブーツが近くに転がる右足の、意外にいとけない指先が丸まって極まっていたのがどうしてだか印象に残った。
ふう、と意識が薄れていく。
(――――ああ)
もう。
悪い夢を見ることはないだろうな、と。
眠りの中に落ちていきながら、安堵感に満たされて自分は腕の中に抱いた人の名を、呼んだ。




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