目隠し?手枷?足枷?片腕?両腕?足首?首輪?口枷?指先?
体?心?
魂?
「……そんなにオレを拘束してえのか、アーチャー」
「わ、私は別に」
「いいぜ。オレも嫌いじゃねえ。……むしろ、好きな方だ」
無茶な拘束はな。ささやかれ、自由な手を這わせられてびくりと弓兵の体がすくむ。
「あ……わ、たし、は、」
「いいぜ。オレを縛れよ、アーチャー」
弓兵の体は細かく震えていた。なにがおそろしいのか、かすかに青ざめて下方を見つめている。暴かれたのがおそろしいのか、それとも暴くのがか。わからない。弓兵は口に出さない。槍兵の手はするすると動いて弓兵の頬を這った。
爪を食いこませることもなく、いたずらに口に指が入りこむこともなく。指は這うだけだ。促すように。導くように。するすると。
とさりと軽い音を立てて弓兵の体は寝所に押し倒された。
槍兵の青い髪が弓兵の顔にかかる。
「ほら、オレはここにいる。逃げやしねえよ。縛れ、アーチャー」
「…………あ」
「おまえばっかり縛られちゃ話にならねえ。……ほら。どうした? 怖いか? 叶えてくれよ、オレの望みを」
弓兵は口をきかない。ただ、怯えたような目をして槍兵を見つめている。
はくはくと金魚のようになにか言いたげに口を開いて、閉じて、また開いた。その中に槍兵が自然に舌を差しこむ。
またも促すように導くように動くので、弓兵は焦れたように身を捩った。引きだされる。その舌で引きだされてしまう。
私の中の醜いものが。
確かにそれがおそろしいはずなのに、ずっと隠していたのに、焦れる。早く暴いてほしい。引きずりだして、掴み取って、勝ち誇って、私を笑って、そして私に笑ってほしい。いけないものを隠していたことを、隠していることを知ってほしい。
見てほしい。
そうしたら私は君を決して逃がさない。


ああ。ひどい。君はひどい。私をこうして暴くだけでは飽き足らず自らまでも暴かせようとするのか。
私はそれがおそろしいのに。私はそれがおそろしい。


「ランサー」
「ああ?」
「君はさっき私に聞いたな。怖いかと。おそろしいかと」
「ああ、聞いたな」
「……おそろしいよ」
「…………」
「おそろしいとも」
垂れ落ちた髪を手首に巻きつけて、自嘲的に弓兵は笑う。おそろしい。君も私も。なんておぞましいのか。
そんな自分をやすやすと暴いてみせた君が許せない。私がずっと隠していたのに悪びれもせずに曝してみせた君が許せない。だから私はそうしようではないか。君が言うのだから従おう。君を従わせよう。理不尽に縛りつけて縛り上げて逃げられないようにしてやろう。
私のおぞましい愛ですべて奪って拘束してやる。痛いと泣いても嫌だと逃げだそうとしても許さない。君が望んだのだから消え去るまで、どちらかが消え去るまで、たとえ消え去ってでも縛ってやる。
弓兵は笑ったままで槍兵の赤いまなこをじっと見つめた。顔を歪めて、唇を吊り上げて、ひといきに。
「ああ、私は君を縛りたい。束縛したい、拘束したい。身も心も、魂さえも私の元へ置いておきたいのだよ、ランサー。なあいいだろう? 君が許したのだ。拘束させてくれ。私の元から離れないと約束しろ。私がどんな無茶を言っても聞くと言え。跪いて聞いてくれ。ああ、拒絶など許さんよ。私に乞うがいい、認めてなどやらん。…………いいだろう? 君が言ったのだからな、ランサー」
槍兵は真顔でそれを聞いていた。そしてゆっくりと差しだされた己の髪が巻かれた褐色の手首、手の甲、指先、を見やる。
「くちづけたまえ」
まずは。
そう言って首をかしげる弓兵に、槍兵も笑いかけてみせた。
「イエス、マスター?」
わたしのすべてはなにもかもあなたのために。
青い髪がするするとほどけていく。拘束は解かれ、今度は己が拘束される。
目隠し?手枷?足枷?片腕?両腕?足首?首輪?口枷?指先?
体?心?
魂?
そのすべてをあなたに!
あなたにならばわたしのなにもかもを!


そっと槍兵は褐色の手首にくちづけた。普段はあるはずの抵抗も拒絶もない。なだらかな曲線を描いたそこに何度も音を立ててくちづけ、舌を這わせる。手の甲に浮いた血管も同じく舐め、擦り、柔らかく噛んだ。常の猛犬と呼ばれる立場なら鋭い歯で食いちぎり血を噴かせ、それをすするのだろう。
だが、今は従順な犬でしかない。鎖で拘束された、ただの犬。自ら望んだ立場だ。
指の骨を甘噛みしてそのまま一本を口に含むと、違うものに愛撫するようにわざとらしく舌を這わせていく。
そのまま上目遣いで弓兵を見やれば、目元を赤くして明らかに陶酔していた。酩酊の表情は素晴らしく淫蕩ではしたない。勝ち誇った顔、歓喜に歪んだ眉間。
負け犬がこぼす悦の声など漏らさない。低く喉を鳴らして笑っている。
槍兵はその様子を上目遣いで眺めつづけながら、無言で指を愛撫した。
その中に押し入る瞬間を考えて熱をたぎらせる。だが、主であるところの、支配者であるところの弓兵が許してくれるだろうか。それもまたいい。
この視線で見下されて、許さんよ、ランサー、と低い声で名を呼ばれたい。
背筋に震えが走る。
「……ランサー」
想像通りの声が聞こえた。見ると、槍兵の下半身をねめつけている弓兵の姿があった。
「興奮しているのかね」
言うが早いか、熱くなったものを掴まれる。ぐ、と思わず声が漏れた。
それくらい弓兵の手は容赦がなくて、槍兵自身の涎でぬるぬるとぬめっていた。目はぎらぎらと輝いて、そのくせ奥は冷めている。赤くなった目元を見せつけるように笑い、弓兵は手を動かした。
概念武装はそこだけ取り払われて、直に熱い手が熱いそれに触れている。溢れ始めた体液と涎がまじりあって、淫猥な音を立て始める。
ぬかるみを足で踏み荒らすような音だ。
「…………っう、ぐあ…………っ、」
「声も抑えられないのか? ランサー」
「抑えてほしいのかよ……っ……?」
「いいや、聞きたい。……聞かせてくれ」
言うが早いか先端に爪を立てていた指は、根元に絡みついて拘束する。それでいて逆の手で激しく擦り上げる。育っていく熱に興味深そうに目を輝かせ弓兵は槍兵を弄んだ。
「アーチャー……!」
想像の中で弓兵を陵辱するかのように自然と腰が動くが、弓兵は解放を許さない。手を動かし、冷酷に、情熱的に槍兵を追いつめていく。ぬかるみの音はますます大きくなる。手に余るほどの大きさの熱に弓兵はさらに愉悦に顔を歪めた。
出させてくれ、と言いそうになって唇を噛む。このぎりぎりの苦痛と快楽が、また槍兵を興奮させたからだ。
槍兵は眉を寄せて、懸命にそれに耐えた。
「……っあ…………!」
不意に、低く弱々しい声が弓兵の口から上がる。見てみると顔はさきほどまでとはまた違う朱に染まり、体が小刻みに震えている。
「アーチャー……?」
「き、君が悪、い……っ、ああ……っ!」
びくん。
大きく体を痙攣させて、放心したような表情になる。くち、と濡れた音がして、見てみれば黒い概念武装の一部がいっそう色濃く濡れていた。
おそらくは。槍兵の、耐える表情を見て。
着衣のまま達してしまったのだ。
それを見て、槍兵の中でもなにかが切れた。
「…………っく…………!」
拘束は緩んでいた。リミッターが振り切れるように体の奥からなにかが湧き上がってくる。弓兵は手を引けたはずだが、しなかった。
その手に大量の白濁を受けて、また軽く達したように体を震わせる。
「……ふ、あ…………ランサ…………っ…………」
まるで手で孕まされるかのような大量の白濁。
受け止めきれずに指のあいだから伝うそれに、弓兵はゆっくりと震える舌を伸ばした。
「アーチャー」
放心したように槍兵が名を呼ぶと、熱に浮かされた表情で笑う。ぞっとするようなその表情に槍兵は息を呑む。


赤い舌が。
濃い白濁を舐めて、笑う。
美しかった。


「ランサー」
熱い声が名を呼ぶ。
「君が欲しい」
槍兵はその命令になんとか笑いを浮かべて、弓兵の、主である彼の、支配者の彼の体の上にのしかかっていく。


「イエス、マスター」
掠れた声で、悦にまみれて吐き出した。


わたしのすべてはなにもかもあなたのために。
目隠し?手枷?足枷?片腕?両腕?足首?首輪?口枷?指先?
体?心?
魂?
そのすべてをあなたに!
あなたにならばわたしのなにもかもを!


わたしのあるじ。
ハレルヤ!



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