わざと、だったのだと思う。
わざと激情を誘って、わざと暴力を誘発させて、自分はそれに乗せられた。
馬乗りになって見下ろす顔は恍惚に蕩けている。その喉に突きつけられたのは己の魔槍の切っ先。それは肉を少しながら抉り、赤い血をたらりと垂れ流しているという結果を導き出していた。
舌打ちをする。
己の宝具を、こんな形で汚したくはなかったのに。
「この下種が」
「君に言われるのなら何という言葉でも嬉しいよ」
「ならば黙っていようか」
「沈黙すらいとしい」
「結局どっちでもいいんじゃねえか」
「ああ、どちらでもかまわないとも」
「……節操なしが」
「……愛している」
「オレが愛したのはおまえじゃねえ」
「私も、あれの一部だ」
「認めねえ!」
「認めなくともいい。ただ、感じてくれたら」
それでいい、とまるで子供のように幼く笑って、魔槍に添えられた手にぐっ、と力を込める。コントロールを失って、取り落としそうになった手は汗ばんでいた。
結局それで魔槍はしっかりと手に接着されていて、相手に操られることはなかった。
金色の瞳が見上げてくる。それが煩わしい。あの鋼色の瞳を返せと思う。自分のものではなかった、相手だけのものだった、それでも。
それでも、いつか自分のものにしようとしていたのだ。
いつか。いつかきっと。自分の腕で、手で、あの鋼色の瞳の持ち主を。
抱こうと、思っていたのに。
「なあ、何か話してくれないか」
「…………」
「君の声が聞きたい」
「……オレは話したくない」
「私は話したい」
「てめえの意見など知ったことか」
「そうやって、結局は私と話してくれている。君は優しい」
「会話? これが?」
「これが、だよ」
「…………」
「沈黙すらもいとしいと言っているのに」
君は馬鹿だ、と言って笑ったまま魔槍を握った手に再度力を込める。それに力を込めることで逆らう。それですらも関しようとしているようで嫌なのだ。関わりたくない。
変わり果ててしまったこの男とは、まるっきり関わろうという気持ちが湧き上がってこない。自分でも少し驚くほどに。
それでいてあの鋼色の瞳の男には狂おしいほどの執着を見せている。どうにかして手に入れられないものか。どうにかして元に戻せないものか。これを。この変わり果てた男を元通りに。
――――それは。
無理だ、とわかっているから。
だから、逆らうことで無理矢理に気持ちを押さえ付けた。関わらぬまいとすることで無意識を貫いた。
自分は馬鹿だ。そうやっても魂は焦がれていくばかりなのに。
手に入らないものを思い浮かべるたびに、魂は焦げていくばかりなのに。
じりじりと背中を焼いていく焦燥感に苛立って、手の中の魔槍で目の前の男の喉を貫いてしまいたくなる。喋る声を止めたい。聞きたくない。これ以上、彼と同じ声でこの男が喋るのを。
そうやって自分の意識が底に落ちていくのを感じていると、目の前の男がふっ、と瞼を閉じて。
くい、と顎を上げて急所である喉を、自分に向けて差し出してきた。
ああ。
そんなだから、そんなだから自分は――――!
「ランサー」
あの男と同じ声が、そっと自分の名を呼ぶ。
そしてふんわりと、花が開くように笑んで。
「君になら……」


それから先は、もはや思い出せようもしない。




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