「……ふふ」
つかまえた、とやたらに粘っこい声でアーチャーオルタはそう言った。その金色の視線で貫かれるように見つめられ、さすがのランサーも内心では怖気づく。
だが、勇気を振り絞って彼は言った。吼えた。
「つかまえた、じゃねえ! 今すぐこの鎖をほどかねえと、どうなるかわかってんだろうな!?」
「さて、どうなるのかな? ……ただし、その鎖は模造品とは言え天の鎖。神性のある君にはよく効くだろうよ……」
うわ、マジ引いた。
ドン引いた。
オレの将来もう破滅まっしぐらじゃねえの、とうなだれるランサーだったが、きっと鋭く顔を上げた。違う。終わりなんかじゃない。まだチャンスはあるさ!
思い出の中のアーチャー(ノーマルタイプ)の笑顔を回想し、心の耐久値がガリガリと削られていくのに健気にも耐える。
本当は。
助けて――――!アーチャー助けて――――!!と叫びたいほど散々な心模様だったのだけど。
ああ、早く颯爽とあの可愛いアイツが助けに来てはくれないか。そしてこの変態からオレを救い出してくれないものか……ってこれじゃオレが姫さんじゃん!?
などと独りボケツッコミをかましているランサーには構わず、アーチャーオルタはその膝の上に乗り上げてくる。
「! っておまえ……ひとりで勝手に何してやがる!」
「何って、君を愛するのだよ、決まっているだろう? 愛の交歓だよ」
「したくねえし! 勝手に決めんなし!」
「ん、あんっ! ランサー、そのように突き上げるような形で動かれては……さすがの私も声が出てしまう……」
「いつ!? どこで!? オレがそんなことしましたかねえ!? 完璧おまえの脳内妄想ですよねえ!?」
「いや、したよ?」
「なんでオレがおかしいみたいな口調と顔で言われなきゃなんねえんだよ――――!!」
全くである。
「あぁ、それにしても嫌がってみせる振りをするランサーもいいな……もっともっと嫌がってくれていいんだよ? 君のそんな顔が私はもっともっと見たくってたまらないんだ……あぁぞくぞくするよ、ぞくぞくするよランサー、もっと私を拒んで、なじって、嫌ってくれ……」
「言われなくても既に実践してらぁ!」
よっこらしょ、といった風に身動きが取れないランサーの膝上に跨って、アーチャーオルタはがっ、と、その両頬に手をかける。そして赤い目を白黒させたランサーの唇に。
「んんっ……ふ、ぅ……ん……んんふ……っ……」
「…………!?」
キスである。
くちづけである。相当濃厚な、つまりはディープキス。
「ぷはっ……あぁ、たまらない……ランサーの唾液の味……濃厚で……私を嫌がっているからだろう? とても甘くて、甘くて、甘くて、耐え切れない程の味がするんだ……」
「人の唾液勝手に啜ってんじゃねえ!」
そのまんまだった。そのまんまのツッコミである。
しかしドMのアーチャーオルタさんはそんな言葉にも悦んでしまって愉悦ってしまって、白い蝋じみた顔を真っ赤に染め上げていって。
「もっと……もっともっともっと! 私を罵ってくれ! ああ、何故だろう……何故私はランサーを拘束してしまったのだろう? これではランサーからの報復が望めないではないか。意のままに振る舞っていたと思ったら逆転されて、怒ったランサーに思うがまま犯されて……ぐちゃぐちゃになってどろどろになって……ふたりで奈落の底に落ちるような快楽を味わうのだよ! はぁ……考えてきたら熱を持っていた体がさらに熱くなってきてしまった。済まないが抱いてくれないか? ランサー」
「な・ら・こ・の・く・さ・り・を・と・け」
「それは駄目だよ」
可愛い人、とディープなキスで腫れぼったくなったランサーの唇に指先を押し当ててアーチャーオルタは艶然と笑う、微笑む。
「愚かで可愛い人、ランサー。何度言ってもわかってくれないんだね、私がこの鎖を解く気なんてないのを。だったら」
再び。
ひんやりとした白い手がランサーの頬を包んで、ぞくりと悪寒を彼に運ぶ。
「うぇっ」と思わず出てしまったランサーの声にもアーチャーオルタは構わず。
「お仕置きをしなくてはね。だってそうだろう? 言ってわかってくれないのなら、体に教え込むまでさ」
「!?」
ドMかと思ったら同時にドSでした!みたいなね!
きっかり三十秒真正面から視線を合わせてきたアーチャーオルタは、ぱっと手を離したかと思うとつつつ、と指先でランサーの喉笛を撫で上げ。
「敏感……なのは知っているんだよ?」
「ッ!」
かぷり。
甘く噛み付かれてランサーの防衛本能が働く。けれどアーチャーオルタはやわやわと甘噛みを止めない。ランサーが鳥肌を立てている間にも、艶っぽい声を上げ、時折舌で舐め上げながらお仕置きと言う名の愛撫を続ける。
「ふ……っは……ん、ん……あぁ……甘い……君の汗の味……私が怖いのかね? そんな味が……んんんっ、する、よ、」
「誰が!」
怖がっているか、叫び返したランサーだったが腰は引けていた。当然である。
「んん……こう、なったなら……は、君の血の味も、確かめたい、な……っ……でも、そんなことをした、ら私は……あまりの快楽に卒倒してしまうかもしれん……んんっ、」
速やかにそうなさってください。
血を吸われるのは勘弁願いたいが、それによってアーチャーオルタが意識を失うというのならそれは好都合である。だがアーチャーオルタはそうしない。ただ、甘い恐怖の味がする汗とやらを舐めて、啜って、悦んでいる。
「ランサー、私はね……んん……時々怖くなる、ふ……時がある、んだよ……っ……君があまりに、愛しくて、んんっ、愛しくて、はぁっ、愛しくて、そのまま私は死んでしまいそうにね、はぁ……なるんだ……」
速やかに以下略。
というかおまえはそんなヤワじゃねえだろうと。
核爆弾を落とされても生き延びるキャラだろうよと。
思うランサーだったが依然身動きは取れない。がちゃがちゃと抵抗のたびに鎖が鳴るのみだ。
みっともないことこの上ない。
(くそっ……)
このままじわじわと甚振られ続けるのかと思った、その時。


「ランサー!」
「アーチャー!?」
待ち兼ねた声が、淫靡な空気が満ちる場所に降りてきた。無駄な高所に立っている彼は「とうっ」などと言いつつ飛び降りてきたが果たして、それが必要だったのか否か、いや、それは問わないでおこう。面倒くさいことになる。
何はともあれ無事にランサーの元に助けがやってきた。ランサーのマイ天使、アーチャーである。
「ランサー、待たせた! おかしな結界が張られていて君の気配を辿るのに手間取っ……」
はい?
なんであーちゃーだまるんですか、ランサーがそうひらがな思考で思った時だ。
「何をしているのかね、君は……いや、君たちは」
低くドスの効いた震える声で問われ、ランサーはきょとんとしてからざあっ、と頭のてっぺんから血が落ちていくのを感じる。
自分の膝に乗り上げたアーチャーオルタ(口の周りが涎でべたべた、顔は無駄に熱っぽく紅潮している)。
理由はそれだけで充分だ。何のって?
「……速やかにあの世へ送ってやろう。いや、私たちが逝くとしたら座だったかな?」
「落ち着けアーチャー! 違うから! 誤解だから! いやいやマジで!」
「そんなに取り繕わなくともいいんだよランサー、そうだな、私が至らなかったせいでこのようなことになったのだな」
よりによってそんな変態と浮気を!
ビシィッ!と効果音付きで自分とアーチャーオルタを指してくるアーチャーを見て、ランサーは、あ。駄目だわこれマジ詰んだ。と思った。
その隙にもアーチャーオルタは迫ってこようとしているし。


「とりあえず……天誅ッ!!」


その日。
冬木市に、クレーターさえ作ってのけるという激しい雷が落ちたという。



back.