ぽかん、と目と口を丸く開けるサーヴァントふたり。そのまえで胸を張る英雄王。
「どうだ?」
いや、どうだと言われましても……。
口に出すことはないが、そんな表情を浮かべるランサーとアーチャー。ギルガメッシュはただただ胸を張る。何故こんなに誇らしげなんだろうこのひと。そう思わずにはいられないほどの態度だった。
英雄王自らのご案内で到着した一室は馬鹿らしいほど広くて豪奢できらびやかで、この世のものとは思えないほどに美しかった。
美しかったが、どこを見ても金ぴかで少し目が痛い。正直、自分たちは浮いていると思わざるをえないふたりだった。
「我にはまだ狭いがな。貴様らにとっては充分であろう?」
「これでまだ狭いとか……何様だおまえ……ああ、王様か」
呆れたようにため息をつくランサー。そうだが?けろりとギルガメッシュ。アーチャーは額を押さえてやはり、ため息をついた。


ことのはじまりは突然のギルガメッシュの衛宮邸への訪問だった。庶民のお宅訪問ではないが、暇なので遊びにきてやったとのこと。
座布団に座って“教会には娯楽が少なくてな”とのたまう王様に、とりあえず玉露と茶菓子を出すアーチャー。悲しいかな、生粋の執事スキル。
『それにしてもなんという狭い住まいだ。貴様ら、これで満足しているのか?』
『……英雄王には不満かもしれんがな。生憎と私たちはこれで充分満足している』
『そうなのか』
感心した様子を見せて、英雄王は湯呑みに口をつけた。まあ飲めんことはないとひとこと。怒るという選択肢はアーチャーの中にはなかった。なにしろ、英雄王が他人の出したものに文句を言うことはあれど、受け入れることはそうなかったから。
一種の賛辞と取ってもいい。
ありがたいことだ、とあきらめたアーチャーに対して、ランサーはどこか不満げだった。
用意された湯呑みにも手を出さず、頬杖をついてじっとギルガメッシュを見つめる。
『で、今日はまた一体何の用だ?』
饅頭を口にし、及第点だなとつぶやいていたギルガメッシュはその言葉を聞いて初めてランサーを認識したような顔をした。
『用は特にない。強いて言うなら暇潰しだ』
がくりとランサーが崩れる。
ずるりと滑った体勢を立て直して、半眼で茶をすする英雄王を見る。
『暇潰しと来たか』
教会で共にすごした時間があるからか、そのマイペースさをよく知っているのか。うんざりした様子のランサーに、しかし英雄王は動じなかった。
英雄王が動じるなど金を払ってでも見たい代物である。慢心はただでいくらでも見れるけれど。
『それにしても―――――』
次の瞬間にギルガメッシュが言った言葉に、ふたりは飲んでもいないものを思いきり噴いた。
『このような狭い場所では、他の者に悟られず番うこともままならんだろう?』


番うときた。
さすが王様は言うことが違う。図星とばかりに真っ赤になって咳きこむふたりを見て面白そうに笑うと、英雄王は席を立った。
ついてくるがいい、と尊大に言い放って。
それでつい、ついていってしまったのは溢れるカリスマのせいか。無言で準備されたゲート・オブ・バビロンのせいか、原因は知れない。
ともかくふたりはついていってしまった。それでいま、ここにいる。
「あー……とにかく、礼は言っとく。で、だ」
「うん?」
頭をがりがりと掻くランサー。こいつわかんねえのかなあ、そんな顔つきだ。ギルガメッシュはきょとんとしている。
「その…………連れてきてもらったことには礼を言う。言うから、だから、出てけ」
率直に言った。ギルガメッシュはまだきょとんとしている。
「何故だ」
ランサーの顔がかすかに赤くなる。アーチャーは黙ったまま腕を組んで目を閉じているが、やはりその顔は少し赤い。
「いや、何故だとかおまえな」
「貴様の言うことは遠回しだな。はっきりと言え。聞いてやらんこともない」
「……だよ」
「聞こえん」
「……するからだよ」
「聞こえんぞ」
どこかが切れた音がした。さきほどよりも顔を赤くして、怒鳴るようにランサーは吐き捨てた。
「いまからやるから出てけって言ってんだよ! 王は人の心がわからねえっていうが、ありゃ本当だな!」
しん、と沈黙。肩で荒い息をつくランサー。無言のアーチャー。きょとんとしているギルガメッシュ。
その口が開いた。
「何故我が出て行かんとならんのだ?」
空気が凍った。―――――なに?
いま、この王様、なんて言いましたか?
呆然とするランサーの目の前で、がたごとと音を立ててこれもまた悪趣味に豪奢な椅子を持ってくると、ギルガメッシュは当然のようにそこに腰かけた。ふんと鼻で笑ってふんぞりかえる。
「余興だ。そう面白いものでもないだろうがな、見てやろう。さあ、始めるがよい」
「……なっ」
「…………」
絶句するランサー、声も出ないアーチャー。
一拍の間をおいてから、手振り身振りもおおげさにランサーはギルガメッシュに向かって語り始めた。
「―――――おまえな、なに当然のように言ってんだ!? 頭大丈夫か!?」
「当然であろう。この部屋を用意してやったのは我だ。ならば頭を垂れて従うのが貴様ら雑種のつとめというものではないか」
「いやわけわかんねえし! なんだその理屈!?」
「我の言うことに逆らうか」
「当たり前だろ!」
「だが逆らうなど許さんがな」
なんという暴君。
舌打ちをすると、ランサーはギルガメッシュを睨みつけ、アーチャーに向かって怒鳴る。
「馬鹿らしい! やってられっか、帰るぞアーチャー!」
「……ああ」
やっとのことで声を絞りだしてそれに応えるアーチャー。部屋の豪奢さといまの英雄王の発言に眩暈がして、すでに限界だった。足音も荒々しく扉へと向かうふたり、だが。
目前でその扉が、鎖によって縛された。
振り返れば英雄王。にやりと笑みを浮かべて、たったいま鳴らした指を静かに下ろす。そして威厳を持って告げた。
「誰が許した?」
王は言う。
「誰が逆らうことを貴様らに許した?」
「……てめえ」
「貴様らが許されたのは我の目の前で狂態を演じることのみ。我を楽しませることのみよ。さあ、早く始めろ。我も飽いてきた」
そうすればなにをするかわからんと言外に含ませ、英雄王は首をかしげる。その無邪気な様からは異なり、体から溢れでるのは殺気だ。楽しませぬのなら代わりにここでいますぐ殺してもかまわない。そんなことを物騒にでもなくさらりと視線で告げて、ギルガメッシュは足を組んだ。
「始めよ」
再び沈黙が下りた。ふたりは言葉も出ず立ち尽くす。英雄王は動かない。しばしの時が流れる。
―――――ち、と小さな音が漏れた。
「……んっ」
突然唇を奪われて、アーチャーは目を見開いた。その目の前には赤い瞳。英雄王と同じ赤だが、その色合いはまったく違う。ランサーの赤だ。とっさに突き飛ばそうと目論む。けれど強い力で抱きしめられてそれは叶わない。熱い舌がさんざんに口内をかき回していく。
探られて、溶かされて、目の前がかすんできたころようやくアーチャーは解放された。
「貴様! 血迷ったか!」
唾液で濡れた口元を拭って叫ぶ。しかしランサーは臆することなく真剣な表情でアーチャーを見つめた。
「すまねえアーチャー。……この野郎の言いなりになるわけじゃねえが、オレはいまからおまえを抱く」
「―――――な」
「坊主や嬢ちゃんたちに遠慮して、ここのところずっと出来なかっただろ。そろそろ限界だ」
低い声にぞくりと背筋が震える。本気かと。問わずともランサーが本気なのはアーチャーにもわかった。だからこそ信じられずに抵抗をしようと試みるが、なにをしていいのかわからない。
異様な事態に弓兵は混乱していた。普段の冷静な思考など求められてもどうしようもない。たったいまのくちづけで、すべて吹き飛んでしまった。逃げること、逆らうこと、抗うこと、すべてが無駄だと思えてくる。いや、そうなのだ。
すべては無駄なのだ。
だからといって人前での行為など受け入れようもなく、アーチャーは必死に動揺する己をおさえてランサーを見やった。
そこで、見てしまってはいけないものを見た。
「……あ」
熱を孕んだ赤い瞳。臆病にではなく濡れて、アーチャーをじっと見据えている。なにかに負けたわけではない。
だがそれは明らかに欲情にまみれていた。
一心に、アーチャーをただじっと見ていた。
「ランサー、」
言葉がつづかない。足音も立てずに歩み寄ってくる男を同じようにじっと見返して、自分の元へやってくるのを待つことしか出来ない。
手首を掴まれた。顔を覗きこまれる、またくちづけられる。
耳元でささやかれた。
アーチャー、と。
その声があまりに切実だったので、アーチャーは刹那眉間に皺を寄せた。下を向いて、ランサーを見、眉間の皺を深くする。
それから。
「一度、だけだ」
つぶやいた。うなずくとランサーは背後でじっと一連を見ていたギルガメッシュに吐き捨てる。
「寝台。借りるぞ」
「好きにするがいい」
猫のように瞳を細める英雄王。ランサーは忌々しそうにそれを睨みつけると、アーチャーの手をぐいと引いた。力なくアーチャーは天蓋つきの寝台の上に身を投げだした。体の力は最初から抜いていた。すぐにランサーがのしかかってくる。
「手早くしてくれ」
「わかってる」
互いに小声でささやきあう。ランサーは無防備にさらされたアーチャーの首筋にくちづけながら、その白い手を服の中に滑りこませた。湿ったてのひら。手に汗握っていたのだとわかる。そんな手に触れられていると体を縮めても伸ばされて暴かれてしまいそうだったので、抵抗はしなかった。拒絶すればそれだけ時間がかかるから、軽く唇を噛んで一度だけ、が終わるのを耐える。
それに、アーチャーも実はランサーが欲しかったのだ。衛宮士郎や遠坂凛、セイバーたちに気を遣ってずっと控えていた抱き合うことに飢えていた。
飢えていたのだ。
脇腹を執拗にさすられて、くすぐったさにアーチャーは目をすがめる。いつのまにか荒くなってきた息を吐いて視線をさまよわせれば、そこにはギルガメッシュの視線。面白そうに眺める赤い瞳に急いで顔を逸らした。
その行動に、頬にくちづけをしようとしていたランサーが戸惑った様子を見せる。
「大丈夫か」
無言で何度もうなずく。大丈夫だ、だから、大丈夫だから、早く済ませてくれと。
態度でそう訴えるとどうやら伝わったようで、ランサーの唇が胸元に落ちてきた。
「……ふ」
「ほう。なかなかよい声で鳴く」
服の上から敏感な場所を吸われて声を漏らすと、感心したような声が遠く、近く聞こえた。顔がかっと熱くなるが、アーチャーは耐えた。
一度だけ。
一度だけだ。終わればギルガメッシュも満足する。飽きる。ふたりは解放されるだろう。だから。
布地の色が変わるほどにそこをなぶったあとで、ランサーはアーチャーの衣服の胸元をくつろげた。するとそこの色も鮮やかに変わっていて、思わず唾を呑む。ごくりという音が室内に響き、やけに生々しく耳に残った。
くすくすと笑う声がする。もちろんギルガメッシュのものだ。ふたりには、そんな余裕はない。いままでで一番大きく舌打ちをしてランサーはアーチャーの下肢を覆うスラックスを引き落とす。下着ごと、膝頭まで中途半端に。
さすがにそれにはアーチャーも焦り、足を閉じようとするが強引にランサーが割りこんでくる。
名を呼ぼうとして呼べなくて、混乱する目で見上げれば悔しそうな顔があった。
「すまねえ」
そう、ひとことだけ詫びると性急に手を差しこまれた。
「―――――っ」
きつく目を閉じ、腕にすがる。すでに濡れていた熱をたどられてそのあとその潤いをすくわれて、指が入りこんできた。
唇を噛んで堪えようと思ったが吐息はこぼれていってしまい、取り戻せない。ふたつの赤い視線がひとつは真摯に、もうひとつは舐めるように体を見ているのが目を閉じていてもわかる。一着しかない服が皺になるのもかまわずに、アーチャーは体を捩ってひたすら官能に耐えた。
「アーチャー」
「っ、は、あ」
一方で貪欲に舌を出してくちづけに応える。溺れたいのか堪えたいのか。己でもわからずに視線になぶられる。下肢はすでに伝うほどに濡れて、黒い服をさらに色濃く染めていた。
……はあ、と互いに熱い息を吐く。その熱さのせいで空気までもが湿り気を帯びるような息を。
つながった銀糸がやけに気恥ずかしかった。
しばらく、内部を探る音が部屋に響く。
アーチャーはそのあいだ、ずっとランサーの腕を握って目を閉じて耐えた。赤い視線はランサーのものだと、そう自らに言い聞かせて。ぎゅうと腕を握りしめて。
細かにわななく体。
指が抜ける。瞬間、つい堪えていた声が漏れた。腰があとを追ってしまいそうになり懸命にそれを押さえた。そのためにこぶしを握る。
「―――――く、あ」
目を閉じたまま呻く。鼓膜を侵す粘着質な音に、耳と腹の奥が熱くなる。
「ラン、サ……」
うっすらと目を開ける。初めは滲んでいた視界は、まばたきをするごとに鮮明になった。それでも焦点は合っていなかったが。
大きく息を吐いて深呼吸をする。喉が震えた。ぜえ、と喘ぐ。しばらくそうやって喘いでから、生真面目な顔をしているランサーにアーチャーはたずねた。
「君、は?」
「え?」
「私ばかりされて……君、は……」
手が伸びてきて、ランサーは素早く身を引いた。そんなことしなくていい、とささやく。
「だが……」
「おまえ見てるだけで、充分だよ」
それに、と目を半眼にして。
「あの野郎におまえのそんなところ見せたくねえ」
「ほう?」
は、と意識が覚醒した。熱に浮かされてはいるがギルガメッシュの存在を知覚して、アーチャーは足を閉じようとしたが当然ランサーがあいだに割りこんでいるために閉じられない。
「…………」
「…………」
「…………」
「どうした。早くくれてやるがいい。フェイカーも欲しがっているぞ?」
「っ、るせ、てめえに言われるまでもねえよ!」
叫んでぐい、とアーチャーの足をさらに開かせたランサーだが、そこから動きが止まる。息を呑んで動けない。
生理的な涙に濡れた目でアーチャーが見てみれば、ランサーは耳まで真っ赤だった。
「ほら、早くくれてやれ。せっかくの興が削がれる」
「―――――そんなに早く早く言うならてめえがくれてやればいいだろうが!」
「断る。我に贋作を抱く趣味はない」
きっぱり言ってのけた英雄王に、ランサーが歯噛みする。足を掴んだ手にいらない力が入って、アーチャーは少し顔をしかめた。
「そりゃよかったぜ。オレも、てめえみたいなのにこいつを抱かせてやる趣味はねえからな」
「くれてやれ、と言ったではないか」
「本心からなわけねえだろ!」
「そんなに必死になられると、少しばかり興味がわいてくるな」
にやりと。
嫌な感じに微笑んだギルガメッシュに、ランサーの目が殺気を帯びる。アーチャーは止めるように強くその腕を掴んだ。跡が残るほど。
「ランサー……!」
声がかすれる。懸命さに覚醒したのか殺気は薄らいだ。だが、まだ獣のような目でギルガメッシュを睨んでいる。
「やらねえ」
つぶやき。
アーチャーの足を限界まで開かせると、ランサーは英雄王を怒鳴りつけた。
「てめえなんかにこいつは絶対やらねえからな!」
言うが早いか痛みに呻くアーチャーの足を片手で押さえつけたまま、革パンのジッパーを下ろす。そうして。
「…………っあ、ああああっ!」
急激に奥まで突きこまれた熱のかたまりに、アーチャーは嬌声を響かせた。反動で跳ね上がりそうになる足は押さえられているため動かない。となれば、と今度は腰が逃げを打ったが、杭に貫かれたようにぎしりと軋んで結局その願いは叶わなかった。
必死に声を上げまいと意識しても口は大きく開いて悲鳴のような叫びを上げつづける。
痛みはあった。
だけどそれよりも、快感のほうが強かった。
「あ、……っは、ランサー……!」
乞うかのごとく言っても、ランサーも顔を歪めて快感に耐えているような状態だ。寄せた眉にぞくりとくるものを感じて、アーチャーはさらに快感に支配されていくのを自覚する。
腰骨をわしづかみにされて突き上げられ、声は止まらない。シーツに顔を押しつけてどうしてもこぼれる涎を気にしながら眩む視界の中いたずらに微笑む赤い視線を感じ取る。


英雄王が、見ていた。


その唇が、音なく動く。
“すべて”
“戯言だ”と。
その唇は、言っていた。


呆然としたあと、がくんとアーチャーは体をのけぞらせる。あ、あ、あ、と意味のない母音を漏らして、伝う涙もそのままにきつく目を閉じた。
「―――――!」
真っ白に染まる意識、解放される感覚。声もなくがくがくと体を震わせてアーチャーは果てた。とろみの濃い体液が、飛沫がランサーの腹にかかる。その瞬間の強く引き絞られる快感にか、ランサーは低く呻くとアーチャーと同じく感じ入ったように目を閉じた。
「―――――あ、あ……」
終わりなどないかのように大量に注ぎこまれる体液に、アーチャーは再度身を震わせる。けれど、もう体は言うことを聞かずに、細かい痙攣を繰り返すだけだった。
ぼんやりとうつろな目で握りしめていた手をふうと開くと、アーチャーは長く緩い息をつく。
その上に、荒い息を吐きながらランサーがのしかかってきた。
力をなくした熱い体は重かったけれど、震える身にその体温はひどく心地よかった。耳元に吹きこまれる熱い吐息でさえ。


事後。
英雄王はいつのまにか姿を消していた。ふたりが長い余韻に浸っているあいだだろうか、わからない。
ただその赤いいたずらな視線はしばらくのあいだ、ふたりを鎖のように縛って離すことはなかった。
楽しませてもらったというかのように。



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