おしおきだと。
私に仕掛けたその行為を彼はそう言ったが、私は仕置きをされる程の罪を何か犯したのだろうか。皆目検討がつかない。
それでも私の遭っている状況はひとつだ。
私はランサーから仕置きを受けている。


「なあ、アーチャー」
びりびりと電気で体が痺れる。
奇妙な痛みと快楽に必死に唇を噛んで嬌声を堪えながら、私は耐える。私を責める、その妙な電気と振動を発する器具を私の体に押し当ててきながら何でもないかのようにランサーは語りかけてくるのだ。
「おまえ、何で自分がこんな目に遭ってるんだって思ってんだろ?」
当然だ。私に咎はない。そんなもの覚えに無い。こんなもので責められる覚えも無い。
それでも私は性的な責めを受けていて、脇腹から不意にぴんと張った胸の尖りにそれを押し当てられ、食いしばった唇を緩めてとうとう声を発してしまう。
「うぅっ……」
「びりびりすんだろ。でもそれがいいだろ?」
「よくなど……ないっ……」
「嘘つき」
わざとらしく子供っぽい口調でランサーは言って、けれど酷薄な笑みをその端正な顔に浮かべる。なんてサディストだ。
咎のない私を責めて、いたぶって、なじって、そんなに楽しいか。この変態。変態!
その罵倒を口にしたかったが間違いなく、変態は私の方だ。だって、こんな責めで感じてしまっている。こんな状況に、興奮してしまっている。
ぞくぞくと背筋は震え、懸命に噛み締める唇はけれど容赦のないじわじわとした、だが大胆な責めに負けてしまう。負け犬。そうだ。私は負け犬なのだ。変態になぶられる負け犬。何とも私に似合いではないか。
何度も繰り返すが、私は「おしおき」などをされる覚えは一切ない。清廉潔白に生きているなどとは言わないが、こんな羽目に陥るような咎など一切背負ってはいないのだ。
「次、ここな」
「ううあぁっ……」
切羽詰った声が出る。自分の口から出てしまったその声があまりに生々しくて、私は自分で自分を殺してしまいたくなる。
ランサーの操る器具は敏感な背中を下から上になぞるように辿って、びりびりと電気を発し私を責める。こんな器具どこで手に入れたんだ。買ったのか?まさか。でもそうとしか考えようがない。一体どこで?でもそんな思考は次の瞬間雲散霧消した。
「ん、はっ」
髪を掴まれて喉元を突き出すように体を弓なりにさせられて、その顎先を器具が辿っていく。びりびりする。すごく、びりびりする。
変な感覚だ。まるで体の奥を見えない手で撫で回されているかのような感覚。手では決して届かない箇所を、的確に触れられて責められている。
「そういやさっきまで随分と威勢がよかったが、やっぱ尻を叩かれたのはきつかったか? 何度も、何度も、何度も、何度も。オレの膝の上に裏っ返しにされて、まるで子供みたいにむき出しの尻をオレの手で直に叩かれて。何度も、何度も、何度も、何度も。初めはおまえも鼓膜が破れるくれえでっけえ怒鳴り声を上げてたが、だんだんおとなしくなっていってたよな。やっぱあれか? ……感じちまった自分が恥ずかしかったのか?」
「…………っ」
言葉に詰まる。なんて言い様だ。この変態!やっぱりこの男はサディストだ!
けれど、そのサディストに責められて感じてしまっているのが紛れもない今の私だ。ランサー以上に恥じ入るべき存在。それでも私は逆らわずにはいられない。なけなしのプライドが虚勢を張る。
「もう、やめ……っ」
「また、尻を叩いてやろうか?」
「っ」
「はは、よっぽど堪えたみてえだなあ」
明らかに場に相応しくない明るい笑顔と声で笑うランサー。この男は何を考えているんだ!?
「思う存分にこれでおしおきしてやったら、今度はぬるぬるの液体で調教してやろうな。すっげえぬるぬるすんだぜ……冷たくてよ。体に一滴一滴落とすんだ。ゆっくり、ゆっくり、そうだな……その立派な胸板にしてやろうか。そこに一滴ずつ落としてやって、で、ある程度濡れたらオレの手で塗り広げてやるよ。なぁ、想像しただけでゾクゾクしねえか? なあしてんだろ。今してんだろ? 想像してゾクゾクしてたまらねえって顔だぜ……なぁ、アーチャー」
そう語るランサーの方こそ声が興奮したように高揚している。馬鹿みたいに浮かれている。
楽しいのか。“おしおき”とやらを夢想して、語って聞かせることがそんなに楽しいか。ぬるぬるの液体だと?何かのローションか何かか?おそらくこの器具と同じ店で購入でもしたのだろう。変態御用達の専門店で……。
くそっ、ゾクゾクなどしているものか。決してしてはいない。私は歯を食いしばる。そして、彼を罵倒するべく口を開こうとして――――
「これだぜ、アーチャー」
ランサーが尻ポケットから取り出した小ビンに、びくりと身が竦んだ。
それは本当に小さな小さな小ビンで。中にほんの少ししか液体が入っていないだろうことが見て取れたけれど、私をなぶる分の量は充分ある。
そう、胸板に一滴一滴少しずつ垂らして、焦らすように落としていって、ある程度濡れたらあのランサーの白い手で胸板全体に塗り広げられて――――。
ああ、想像などしてはいけない。考えてはいけないのだ!それこそ奴の思うが壷。奴は外道だ。すかさず何の理由も根拠もなしに私の態度に付け込んでは卑猥な言葉で責められる。いたぶられる。おしおきをされる。ああ――――!
「――――して、やるからな」
ランサーが笑う。本当に楽しそうに。白い頬を上気までさせて、何を考えているんだ。頭がおかしすぎる。そもそもおしおきなんて発想からして頭がおかしいのだ。何の咎もない私を責めて。おしおきだと言って捕まえて。下着を下ろして尻をむき出しにし、何度も平手で叩いて。そうしたら次は電気と振動を発するおかしな器具で体のあちこちを責めて。その次はぬるぬるした液体を体に一滴一滴垂らしてその果てにてのひらで塗り広げると来た!
おそらくは丹念に、粘着質にやってみせることだろう。やり遂げてみせることだろう。奴は、ランサーはそういう男なのだ。この一連の馬鹿げた遊びというにも馬鹿馬鹿しい行為を受けてつくづく実感した。変態だ。変態なのだ、ランサーという男は。
「こ、の……」
抵抗をしようとする私の前で、ランサーがビンの蓋を開けた。
びくん、と体が震えてしまう。
本能的な恐怖に。
本能的な快楽に。
認めたくない。認めたくない。どちらも認めたくなんてない。けれどどちらも私だ。
ああどうしよう。どうしたらいい?そもそもどうして私はランサーを殴ってでも逃げ出さないのだ。……彼に、屈してしまっているのだ。
「さあ、アーチャー……」
ささやきのような声を、ランサーが発する。
甘くて低い、それはささやき声。
鼓膜からさえも、ランサーは私を犯す。


「たっぷりと、おしおきしてやるからな」


私はもう逃げられないことを悟った。そしてせめて唇を強く噛み締めて。
体の芯から来る震えを、何とかランサーに隠そうとしていた。
それは、結局無駄なことだったのだけれど。




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