「んん……っ……嫌……だぁ……っ……」
「嫌、じゃねえだろ」
こしょこしょと、羽ぼうきが私の体をくすぐる。
何でもないような道具で私の体を責めてきながら、男は、ランサーは、楽しそうに笑う。
高揚したその顔色。赤く染まった白い肌が卑猥だ。けれどそれを言うのなら私の方が卑猥なのだろう。だって、感じてしまっている。
彼の言う「おしおき」を受けて、感じてしまっている。
最初に受けた時の抵抗心はもうすっかり磨り減ってしまっていて、摩耗してしまっていて、それでもちょっとだけ残っていた。だから私は口だけで嫌がる。それさえもが彼に見抜かれていると知っていながら。
態度だけで、私は彼を拒んでみせるのだ。
「そんなっ、ものでっ、」
私を責めないでくれ、と懇願する口調になる。だって「お願い」することしか出来ない。以前のようにサディスト!この変態!と罵ることが今の私には出来ない。だって癖になってしまった。
彼から、ランサーからされる「おしおき」が癖になってしまったのだから。
「じゃあ、ぬるぬるする液体を垂らしてやろうか?」
「それもっ、嫌だぁ……」
「なら、電気で責めてほしいのか?」
「…………っ」
「だったら尻を叩いてほしい?」
「全部、嫌だ……っ」
「嫌だ、って奴の反応じゃねえな」
羽ぼうきでくい、と私の顎を上げてランサーは言う。鳥の羽根部分がくすぐったい。それが私をさわさわとなぞる。私の体を、なぞっていく。
中途半端に脱がされて。それなら全部脱がされた方がまだマシだというくらい中途半端に脱がされて。
私はランサーにおしおきされている。癖になってしまった一連の仕置きを順番に繰り返されている。
さっきは何をされたっけ。ああ、そうだ。電気で責められたのだった。びりびりする感覚は最初はそれはそれは嫌だったものの、気が付けば感じるほどになってしまっていた。おかしな声が出るくらい、体がびくんと仰け反るくらい、私はそれに慣らされてしまっていた。
「馬鹿……っ」
「ああ、馬鹿でいい。おまえに罵られるのは気持ちいいからな」
くつくつと喉を鳴らすランサー。彼はそうして笑ってから、
「罵られてから、従順になるのを見るのが楽しいんだ」
「あぁっ!」
さわ、と羽根が私の体を撫でていく。ぎゅっと唇を噛み締める暇もなかった。
あまりの不意打ちで耐えられない。慣れた……とは言っても未だに羞恥心はあって、顔がかあっと紅潮してしまう。それだけは耐えられない。耐えられないのだ。両手のひらで掬えそうな羞恥心。それが理性の解放の邪魔をする。いっそ全てを捨ててしまえたら楽なのにと思う時はある。それでも私の心にはまだ残っている。
ひとかけらの、羞恥心が。
「っ……」
「変えてみるか」
言うとランサーは革パンのポケットから電気で責める道具を取り出した。私は快感でぼうっとした頭でそれを見る。ランサーの手はまるで魔法を操るようだな、と場違いにそう思った。今からその魔法で責められるというのに。辱められるというのに。それでも。それでも、私は。
「は……っ」
慣れた感覚、心地よい痺れが私を襲う。びりびりと体中を痺れが襲って、倦怠感に似たものがそれに続いた。何だろう?この感じは。
まるで性行為の後のような心地よい倦怠感。だるくて、それでも頭は気持ちよくぼんやりと痺れていて。
「ん、く、」
体の表面すれすれを器具がなぞっていくのにじれったさを覚える。もっと。もっと深く来てほしい。でもそれは言えない。まだ恥ずかしい。恥じらいが残って。
私の理性を壊す、邪魔をする。
「!? や、ぁっ!?」
ぽたぽたぽたぽた、連続してぬるっとした液体が私の体に垂らされる。不意打ちでそんなことをした男は、ランサーは、口元を吊り上げて笑うとそれをてのひらでもって私の体に塗り広げた。冷たい液体がランサーの熱い体温で微妙に温くなり、それがまた奇妙な感覚を持ち込んでくる。
その上からびりびりと痺れる道具でまた責められて、私の口からたまらず声が漏れた。甲高く迸る、それは間違いなく嬌声。
「っあぁ……は、っ……!」
感じる刺激はいつものもののはずなのに何故だか柔らかくてそれが安心できるけれどだけど物足りなくて、思わず体を捩ってしまう。それをランサーは鋭く見咎めた。
「感じてるな……いい反応だぜ、アーチャー」
「馬鹿な……ことを、言うなぁ……っ」
「だって、感じてるじゃねえか」
「…………っ」
私は首をふるふると振る。その度に乱れた髪がぱさぱさと音を立てた。くすぐったい。自分の体もが、刺激となる。刺激の元となる。以前の私ならそれを悪循環だと感じていただろう。けれど、今は。
いやだけれど、いやじゃない。
心の天秤が左右に振れて、私を戸惑わせる。どうしたらいいのだろう。どうしたらいい?問う相手はどこにもいない。本来なら自分自身なのだろうが、今の私は自分自身さえ信じられないから。自分自身の判断ですら信じられないから。
むしろ、自分が一番信じられない。だから、誰かに決めてほしい。
でもきっと、そんな相手はどこにもいないのだ。
「んんっ、く……!」
胸板を道具が走っていって、私を喘がせる。仰け反った喉元をも、その道具は過ぎていく。そこは弱いんだ。だから、止めてほしい。でも言えない。心の底で、もっとしてほしいと思う自分がいるから。
駄目だ。私は駄目になってしまった。おしおきをされて癖になってしまうなんて。他人が見たら言うだろう。変態だと私を罵るだろう。
けれど。それでも。ランサーは私を。
私を、見てくれるから。
「――――ッ」
ああ、あたまのなかが、ぐるぐるする。
まるで洗濯機みたい。許容量を越えて詰め込まれた洗濯物が中を占領して動きを止めている。思考を止めている。思考すること自体を諦めさせている。
だから私は思考するのを止めた。ランサーにただ与えられるものとなった。それが楽だから。考えないこと、それが一番の対策。
「……随分素直になったじゃねえか。ご褒美にもっとしてやろうな、アーチャー……」
低く甘い声でランサーがささやく。それさえも今の私には快楽。
私はランサーに身を委ねる。そして、与えられる「おしおき」に酔うべく心の中を出来る限りの平静でもって整頓した。




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