「んん……っ、はあ……っ……」
気持ち良い。
「どうだ……?」
「悦……い……」
甘ったるい声が漏れる。以前までの私ならばそれを恥ずかしく思って、崖からでも身を投げたいと思っていただろう。
でも、今はそんなこと考えられない。だってもったいない。
こんな快楽を味わえるのだ。それを自ら断ち切るなんて、一体どんなうつけもののすることなのだ?
私の体は既にランサーのもの。何もかもが溶け合ってひとつになってしまった。私は彼。彼は私。ああ、一体どうして今までは。
今までは、わからなかったのか。
「ああ……!」
認めれば認めるほどよりいっそう感極まった声が出る。私の体が、心が感じている証拠。
ランサーはこれを聞いてくれているのだろうか。いるのだろうな、だってこんなに近くにいる。
こんなに近くにいて、私の体にその手で触れていてくれている。
「ん、ここがいいみてえだな……」
声がふわふわ遠い。だけど体は近い。何だかあやふやで曖昧で、けれど構わない。矛盾と言わば言え。私はどうでもいい。構わない。
彼の手が、ランサーの両手が繊細に大胆に私の体に触れてくる、揉み解す。素手ではなくて手袋越しだけど、それがまた、いい。
これまで散々「おしおき」をされてきた。でも、それもまた必要なことだったのだと思う。だってそうしなければ私は今、こうして彼に触れられてはいなかった。こうして、温かい手で彼に溶かされてはいなかったのだから。
などと考える、その時間さえ惜しい。そんな時間があるのならば彼を感じていたい。
体で。
心で。
己で。
要するに私は私の全てで彼を感じていたいのだ。
「……ぅ……ぁ……」
口元が微笑みを形作る。こうやって体中を揉み解されているだけなのもいいけれど、またあんな刺激的なことをしてほしいな。
辛いだけではないから。それを、知ってしまったから。
「…………」
瞳で訴えてみる。そうすれば彼はすぐ悟ってくれて、体を揉む手を休めると私の目をじっと覗き込んできた。
そして。
わらう。
「何だ? ……してほしいのか?」
温かい、浸るような快楽にとろけた意識でうなずけば、彼はいたずらっぽく笑って。
「わかった。たっぷりと、おまえがされたいことをめいいっぱい、してやろうな」
そうやって彼は、元々着崩れていた私のシャツをゆっくり脱がせていく。上半身だけ裸といった格好になった私は、おそらくとろんとした瞳で彼の、ランサーの挙動を見つめていた。私のされたいことをめいいっぱい。私はそうなったらどうなってしまうだろう。怖い。怖い。嬉しくて怖い。ぞくぞく来てしまう。
それだけで達してしまいそうだ。精神的な快楽で。
「まずは……ん、これから行くか」
「あ……」
彼が取り出したのは、電気を発する器具。うん、うん、それが欲しかったんだ。
それが私は大好きで、大好きで、大好きで、たまらなかった。初めてランサーにされた時は嫌がって逆らって悶えてみせたけど。今はそんなことない。欲しい。早く欲しい。体中に電気を浴びせかけて、痺れさせてほしいんだ。その甘い快楽がほしいんだ。早く、早く、早く、早く。
はやく。
「んんん……っ、ああ……っ……!」
滑るようにその器具が体の表面を撫でていき、自然と発せられる電流に私の体は緩く仰け反る。びりびりと痺れる。甘く、淡く。
どうして嫌だなんて思ったんだろう。彼は私にくれていたのに。わからず屋の私に与えてくれていたのに。
「相変わらずいい反応するなあ……おまえ」
ランサーの口元が興奮に吊り上るのが見えた。その反応さえ愛おしい。もっともっと見せてほしい。
私だけのものだ。私だけの、ランサー。
私だけに「おしおき」をしてくれ。他の誰かなんか選ばないで。私だけがいればいいだろう?私も君だけがいればいい。もう他の誰かなんていらない。
知らない。
必要ない、から。
「そうだ」
「…………?」
はあ、はあ、と快楽に胸を上下させていると、ランサーはポケットをごそごそと探り。
「あ……」
その白い手が取り出したものを見て、私は悦びに目を輝かせる。たぷん、と波打った透明の液体が詰まった小瓶。
「これを塗ってやってからこいつを食らわせてやれば、もっと感度が増すだろ? ……気持ちよくなれるぜ? どうだ?」
うん、うん、と何度も何度もうなずけば、ランサーは浅く笑って。
「くれてやるよ」
「――――ッ!」
ぽたぽたぽた――――と、小瓶を傾けて液体を雫で連続させて落としてきた。私の、喘ぐ胸元に。胸板に。腹に。危うくスラックスの中へと続く下腹に。
冷たい。けれどそれはすぐ、熱い彼の手に伸ばされて生温い液体となって広げられていく。ぬるぬるとしたそれを、前は「気持ち悪い!」と叫んで跳ね除けた。でも今は、それが、気持ち良い。
「濡らし、て、」
「……ん?」
「もっと、ランサー、濡らし、て、」
くれないか、と強請る口。でも彼は浅い笑いをもっと深めて、さっと小瓶を正常な位置に戻してしまう。残念そうな声がきっと私の口からは漏れただろう、だがランサーはそれが全然残念そうなんかじゃないと悟っているはずだ。
「ん……、…………?」
シャツを着せて。
ぷち、ぷち、ぷち、と、そのシャツのボタンを中途半端な位置まで止めていって、ランサーは私の口元へと指先を噛ませる。自然と私の口は開いた。そこへ。
「は――――」
「おらよ、噛んでな。無駄に喘げば落ちるぜ? そうしたら終わりだ。せいぜい耐えろよ――――アーチャー」
「ん、うんっ」
こくこくと何度も肯定の意思を伝える。そうすれば続けて後を追うように走る電流。
「ふ、ぅっ、」
咥えさせられたシャツの生地。その合間をかいくぐるように踊る器具。体には電流。目をぎゅっと閉じて、開く。うっすら滲んだ涙の膜がぼやけた視界を作る、それでも私はもう一度、目をぎゅっと閉じて、その涙を押し出してから目を開いた。もったいないではないか。
ランサーの動向を見れないだなんて。
ランサーは私の体を愉しそうに探っている。彼は知っている、私の体のどこがどう反応するのか。どこをどうされるとどんな風に感じるのか。全部知っている。
その愉しそうな顔を見られるだけで私の心は満たされるのに、快楽さえも与えられて溢れそうになってしまうがそれもまたいいと思った。
溢れても。
また、注ぎ足してもらえばいい。
「んんっ、んっ、」
こぷ、と唾液が口の中に溢れる。生地に染みていくそれを不器用に飲み干して、私は熱に浮かれたような面持ちのランサーを見た。
それだけで背筋に走るものがある。ぞくぞくと震え、口は呼んでしまいそうになる。
駄目だ。だけど、駄目だ。そうすれば口は開いてしまって、ランサーの言いつけを破ることになる。
それ、を。
私は?
「!」
ぬる、とぬめる液体。伝っていく。私の体を。それを舐めるような目で見る。
ランサーの、赤い、瞳、
「――――〜ッ」
私は。
「っ、らん、さー……っ……!」
ランサーが。
目を細めて、私を、見た。
その赤い瞳で、しっかりと、私だけを、見た。
「口……開いちまったなぁ?」
「…………」
はさり、とあっけなく落ちていく生地。だから?終わりだ。ランサーはそう言った、それが?
私が。
「……なあ、ランサー」
私が、終わらせない。
「もっと君をくれ。君の与えてくれるものが欲しい。……欲しいんだ、らんさ、ぁ、」
蕩けていく声にもっと細くなっていく瞳。
ランサーは、笑んだ。
心底愉しそうに、嬉しそうに、笑んだ。
与えられるものをもらって喜ぶ子供のように。
「ああ」
器具はごとん、と音を立てて床に落ちた。液体にまみれた、光を反射して光る、ぬるぬるとぬめる器具。
「……くれてやるよ、アーチャー」
「ん……っ……」
「おまえに、オレの…………を…………」
ぜんぶ、を。
そうささやいてランサーは私に触れてきた。それだけで私は満たされる、ランサー。
私の全てはもうとっくに君のもの。そして。


君の全ても、こうして私のものになった。
目を閉じれば闇に。
だけど。
そんなもの、何にも怖くなんてない。




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