赤と青の光が走る。天を切り裂くように、駆ける。剣戟の音は大きく、それでも周囲に彼らの存在を知らせるのはかなわない。
弓兵は舌打ちをする。
「この、けだものが……!」
街を歩いていた時に突然襲いかかってきた青い槍兵の紅い瞳はぎらぎらとその手にする魔槍のように輝いていた。脈打つように、生きているかのようにぼんやりと光る槍を携えて槍兵は弓兵を追ってきた。そうして、睦言をささやくように。
“戦り合おうぜ”
そう、告げたのだった。
相手は箍が外れたサーヴァントひとり。軽くあしらえるだろうと思っていた弓兵はそれが甘い考えだったことを知る。人の身で纏う衣服のまま、槍兵は弓兵を追いつめた。一方の弓兵もまた、黒の上下で夫婦剣を投影しながら挑む。
けれどやはり、箍が外れた者というのはそれだけに強くて。幾度目かに投影した剣が跳ね飛ばされたことでじん、と痛んだ手を気にしたその一瞬に肉薄されていた。
裂けるように口を開けて槍兵は笑うと、狙いを定めてその長い足で。
弓兵の顎を蹴り上げた。
くらり。
「……っく……!」
目の前に光が散り、意識が一瞬飛ぶ。人ならば顔ごと今の一撃で吹っ飛んでいただろう。
こんな時ばかりは英霊でよかったと思う―――――自嘲的に笑いながら弓兵はだん、とコンクリートにその身が叩きつけられるのを感じた。
さすがにまずい。弓兵はくらくらと眩む頭を振り、とっさに概念武装を纏って立ち向かおうとして、
「油断したな」
耳元でささやく冷たい声に、ぞくりと震える背筋。
瞬く間に槍兵は概念武装を纏っていた。
右頬を強かに打たれて、再び倒れこむ。足をもがれた虫のように懸命に起き上がろうとしたが、衣服の襟元に魔槍が突き刺されて身動きが取れなくなった。口の中に鉄の味。
自分の血など、力になりもしない。それよりも、相手に奪われれば―――――。
「おいおい、そう焦るなよ」
衣服に手をかけられ、空を背にした槍兵を仰ぎ見る。胸元を持ち上げるように掴んだ手は白く、見た目によってはたおやかにさえ見えかねないというのに、それはひどく凶暴な手だった。
「美味そうな血の匂いがぷんぷんしやがる。……だがな、まだオレは遊び足りねえんだ。啜ってやるのは、充分に楽しんでからだ」
その言葉と共に、衣服はまるで紙のようにあっけなく破りさられた。
「―――――……ッ」
戦いで火照った体を、芯から冷やす外気。露出させられた上半身にまとわりつくのは衣服ではない、ただの布きれだ。これから槍兵が己になにをするのかわからない、と瞠目した弓兵に笑いかけて、槍兵はつ、と褐色の胸元にひとすじ線を引いた。ひりつくような痛みが走って、裂け目から赤が滲み出た。
とろりとしたそれは傷口を覆い隠すようにじわじわと滲み出る。
痛みなど気にすることではない。耐えれば良い。だが、淫蕩な表情で他者の血に濡れた己の指をわざとらしく音を立てて舐める槍兵の様が居た堪れなくて、弓兵は顔を背けようとした。
あの指を汚すのが己の血だということにも、何故だか耐えられずに顔が熱くなる。
「甘えなあ」
槍兵は、ぽつりと言った。
端正な顔は無表情に、しかし瞳だけはぎらぎらと輝かせて、静かに。
「これだけでこんなに甘えんなら、おまえの体液を全部啜ってやったらオレはどうなっちまうんだろうなあ? なあ弓兵よ」
「知、るか、」
「……いい顔だ」
まだ抵抗する気があるのか、と。
うれしそうに言って、槍兵は弓兵に覆い被さった。その間にも、耳元に笑い声を残していくのを忘れずに。
「……う、く」
べろり、と首筋を熱い舌が舐めすぎていく。まるで猛獣になつかれているような気分だ、と弓兵が気を逸らすためにそんなことを考えていると、突然強く吸いつかれてあらぬ声が出た。
手を動かす程度の自由は与えられていた。
だが、それを許す槍兵ではなかった。
口を押さえようとした弓兵の手首を掴むと、手の甲に浮き出た血管にしゃぶりつく。
細工のような細かな凹凸を舐めしゃぶり、時折ちらりと反応を見るように視線を上げる。なんともいえないその奇妙な感覚に、弓兵は眉間に皺を寄せて耐えた。
「ッ!」
びくん、と体が揺れる。細い血管に軽く立てられた犬歯。
食い破られる―――――本能的な恐怖を刹那感じて体が反応してしまった。
どくどくどく、と駆け足で巡る鼓動をそのままにおそるおそる見上げれば。
月を背に、槍兵が凄惨な表情で笑っていた。
捕らえた。
そう、言いたげな目をして。
そうして、弓兵は捕らえられた。
槍兵の手に。


「―――――あ、っは、うあ、あっ、や、」
「嫌がってる反応か? これがよ」
答えられずに首を振る。髪がざらざらとコンクリートを擦って、汚れただろうがそんなことはどうでもよかった。
自らの内を犯す指先から逃れたくて、ずり上がろうとしても逃げ場がない。先刻弓兵の顎を蹴り上げた足と同じく長い指先は的確に弓兵の内を探って、信じられないことに性感を高めていく。
そのことにぞっとした。
性体験がない、ということはない。だがそれは(磨耗した記憶を辿るなら)おそらくは女性相手の一般的な行為で、こんな風に一方的に蹂躙されるものではなかった。
また、指が増やされ反射的に覆い被さる背中にしがみつく。その動きのせいで最初に押しこまれた指が奥を抉って、弓兵はあられもない声を上げてしまう。
「いい声だ」
ぞくぞくする、と舌なめずりをして槍兵は言った。そんなことはないはずだ。
男の、低い呻き声。それがどうして。
どうして―――――と考えれば、様々なことに疑問が浮かぶ。もっとも強い疑問は、だ。
何故、槍兵はこんなことをするのか。
「何の、ため、に、」
「あ?」
「―――――ん、や…………!」
「ああ、ここか……」
問いかける合間の途方もない刺激に、弓兵はまさにその名のごとく弓なりに体を反らした。それをきっかけに槍兵は弓兵の内のただ一点をしつこく探る。
しばらくしてとろとろと弓兵自身から白濁した体液がこぼれだす。膝頭より下へと引きずり下ろされた黒い衣服を、その体液は色濃く汚していった。
太腿を伝う感触に、自らの下肢から上がるぬかるみのような音に耳を犯され、指先に内を犯され、弓兵は混乱の中に落としこまれていく。 戦いでの痛みや苦痛は慣れていた。耐えることなど容易かった。
けれど、快楽になど慣れてはいなくて、とても。
「…………!」
びくん、びくんと体を震わせる弓兵を見て、槍兵は口元を歪めて笑った。
「ああ、これ以上やっちまっちゃあ……もたねえな」
それとも一度抜いておくか、と冗談のように言って、槍兵は弓兵の弛緩した足を抱え上げる。
「な、にを」
「ここまで来たら、嫌でもわかるだろ」
「馬鹿、な、っあ…………は……―――――!」
馬鹿な、と。
言ったのに。
それなのに、それは起こった。
猛った槍兵自身は初めで少してこずったものの、中間をすぎれば飲みこまれるようにずるりと弓兵の内へ入りこんだ。
それから幾分時間をかけて根元までおさめてから、はあ、と悦に入った息を槍兵は漏らす。
「いいな」
そうしてまた、息をついて。
褐色の頬を伝った塩辛い体液を、そっと舌で拭い取った。
「その屈辱に歪んだ顔、予想以上にオレ好みだ」
低い声は直接内に響いて、弓兵は身を捩って叫びだしたくなってしまう。死にかけの犬のようにせわしない息が漏れて、意味のある言葉など浮かんでもこないし、だから口になど出来ようもない。
認めたくはなかったが、泣きながら息を吸えば喉が震えてむずがる子供のようだと混迷一色に塗りつぶされた頭で考えた。
熱い。
槍兵の体は、熱い。
舌は、熱い。
槍兵自身は、弓兵を内から殺そうとするかのように、熱い。
ひく、と喉が鳴る。
ゆっくりと腰を動かしていた槍兵は、どうしてか優しげな声を出してまた、弓兵の涙を舐めた。
「だらしねえ。いつもみたいに澄ました顔してろとは言わねえ、せめてもう少ししゃんとしてろよ、弓兵」
「あ、……は、」
「でないとこのまま食い殺しちまうかもしれねえぞ」
その宣言と共に、突き上げが強くなる。ひ、と声を上げて弓兵は身を捩った。
捩ったが、太い杭に体を貫かれているような今の状況ではどうにもならない。揺さぶられるしかない。
熱が、狭い内を好き勝手に喰らい尽くすような暴挙に出て弓兵はもう声も出なくなる。
わけもわからず泳がせた指先が掴んだ肉に、食いこませるように爪を立てた。
「つ―――――」
肩に爪を食いこませられた槍兵はわずかに不機嫌そうに顔を顰めたが、
「そうでなきゃ面白くねえ」
「あぁ……―――――!」
これ以上奥まで入らないといったところの、さらに奥にまで入りこまれて弓兵は驚きの声を上げる。目を見開いて、何度目かわからない体の震えを呼び覚ました。
ぎゅう、と脱げかけた靴の中で足の指が丸まって、神経に痺れるような、確かな悦楽が走る。
視界は涙に濡れ、もはやおぼろげだった。
大きな月と、青い色、白い肌、そして紅い瞳。
渾然一体となって視界がブラックアウトしたとき、それは起こった。
「!? や、っ……」
中に入ったままのものから身の内を焼かれるような飛沫が迸り、容赦なく内壁に叩きつけられた。ほとんど暴力のような感覚に、信じられないことながら弓兵は酔い痴れた。
「あ、あ…………」
口を痴呆のように開いて、注がれる精を、魔力の奔流を受け入れる。内を叩かれるその激しさは、陶酔するにはあまりにも強かったが、弓兵はただ、酔った。
だが途中でそれは引き抜かれて、残りはぼたぼたとコンクリートを汚しながらようやく固まりだした胸の傷跡の上にぶちまけられる。
いまだ熱をもつ顎にも飛沫は飛び、弓兵は思わず眉を寄せた。
槍兵は己自身のみ後始末をすると、にやりと笑って胸に散った白濁を指先で塗り広げた。
ぬるぬるとぬめる感触に、達した後の敏感な体で痙攣している弓兵の口にその血と精が混じったものが付着した指先を差し入れて。
「悦かったぜ」
舐めろ、と言外に促した。
弓兵は焦点の合わない瞳で槍兵を見つめ、ゆっくりと口内の指先に舌を這わせる。己の血の味と、槍兵の精。それはとても消耗した体には甘く、腹の奥底をぼうと熱くした。
「おい、弓兵」
打ち捨てられた人形のように転がっていた弓兵に、槍兵が声をかける。
のろのろと視線を上げた弓兵に再びのしかかり、くちづけて、口の中の傷から滲んだ血を啜ると荒っぽく唇を離し、自らの指を犬歯で傷つけた。
そうして、口を開けよとまたも促し、乳飲み子に含ませるように指を咥えさせる。
弓兵はわずかに嫌がるそぶりを見せたものの、しばらくしてから喉を鳴らしてその血を飲み始めた。
槍兵はその様子に上機嫌そうな、不機嫌そうな相反する表情を浮かべて舌なめずった。
「だらしねえ顔しやがって……そんなに悦かったか」
「…………」
「だがな、」
ぐい、と髪を掴まれて弓兵は呻く。汚れたその口元をことさらやさしく舌で拭ってやって、甘い声でささやくように槍兵は告げた。
「一度で終わると、思うなよ」
一度きりでは満足出来ない。そう告げて、いっそ晴れやかに笑う槍兵の顔を、弓兵はやはり焦点の合わない瞳で、ぼんやりと見つめる。
その顎からぽたり、と血と白濁の混じったものが伝って、握りしめられたこぶしに落ちた。



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