その少女は可憐であり、そして凛として雄々しかった。だが彼女はもういない。白く清冽だった気配はしんとなりをひそめ、今では深く暗いオーラが彼女を包んでいる。
―――――騎士王アルトリア。今や彼女は少女ではなく王だ。そんな存在に弓兵ごときが勝てるわけがない。
磨耗しきった遠い記憶の中にそれでも残る彼女の笑顔が、怒った顔が、寂しそうな顔が、打ちこまれる一打ごとに心と体を痛めつける。ああ―――――弓兵は絶望の中で喘いだ。
絶望などとうに忘れたと思っていたのに。そんな甘いものは捨てたはずだ。絶望などしていられるうちはまだ、生きている。心が死んでないということ。けれどこの目の前の存在と同じように捨てたと思っていた……。いや、捨てられなかった。だからこうして弓兵は喘ぎ、生きて、病んでいる。あきらめきれないなどという考えはなかった。ただ、忘れられなかった、だけだ。
あの赤い少女とはまた違う。彼女に抱いた親愛の情とは別だ。騎士王は、聖少女は弓兵のたったひとつの。
「アーチャー」
冷えた声が名を呼ぶ。
同じく冷えた瞳が無感情に弓兵を見下した。
聖少女はやはり、もうそこにはいなかった。
「なんだ、もう終わりだというのか。……狩りの代わりにもならなかった。何故抵抗しなかったのだ、アーチャー」
弓兵は答えられない。すると騎士王は身を屈めて、ずたぼろになった弓兵の顎を無理やりとらえて自分の方を向かせた。
「…………っぐ…………!」
「わたしが質問しているのだ。答えろ、アーチャー。これ以上痛い目に遭いたいか」
「き、みは……私の、理想だ……。戦うなど、殺すなど、できるはずがなかった…………」
騎士王は一瞬琥珀色の目を見開く。そしてすぐにその愛らしい顔を醜く歪めた。
すくと立ち上がる。
「はっ!」
笑いながら蹴りを放つ。弓兵は呻き、反射的に体を丸めた。……怯えている。体が、どうしようもなく怯えているのがわかる。高らかに叫ぶ騎士王の声が洞窟内に、脳内にこだまする。
「なんて情けない! どうやらわたしはあなたのことを勘違いしていたようだ。いくら身分が低くともそれなりの誇りだけは持っているものだと思っていたのだが……その認識は改めねばいけないようだな、アーチャー」
「…………」
「もはやあなたは戦士などではない。わたしの奴隷だ。さあ、跪くがいい。そうして無様な姿をわたしにさらせ。わたしを満足させるがいい、アーチャー。どうせ、今のあなたはそれくらいしかわたしの役に立たない」
「セイバー……っ……」
「ふふふ、いい表情だ。さあ、アーチャー。見ろ。……どうだ? 立派だろう?」
「あ……あ、」
後ずさるも、騎士王は素早く手を伸ばし弓兵の髪を掴む。ぎりぎり締め上げる容赦ない力に弓兵はさらに顔を歪めた。ああ、と知らずに鼻に抜ける声が漏れる。
「逃がすか。さあ、アーチャー。口を開けろ。その涎を垂らしたはしたない口でわたしを咥えて愛撫しろ。そうすれば、名誉は捨てても命だけは守っていられるぞ?」
あまりにも非情な言葉に、弓兵は蒼白になって声も出せない。その唇に、騎士王は自らの剣を突きつけた。
その先端は鋭くあまりにも凶暴だ。殺すこと。肉体を、精神を、魂を。そのすべてを殺すことに長けた剣だった。抹殺滅殺屠殺虐殺抹殺。すいとつきつけられたそれと同じ鋭さで、だというのにゆったりと嘲笑うように微笑んで、騎士王は告げた。
「……さあ。生きろ。わたしが許す」
つい、と透明な体液が地面に落ちる。ふるふると震える舌。
ゆっくりとそれを突きだして、弓兵は騎士王の黒い剣に愛撫をくわえていったのだった。



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