馬乗りになられて主導権を握られた。ち、舌打ちして見上げた顔は興奮に歪んでいる。
「ランサー」
その声が震えている。しっとりと死蝋のような肌は汗ばんで紅潮していた。肌に、首から顔に這って伝った紋様が脈動している。うすく開いた唇、そこから真っ赤な舌がのぞいて自らの指を舐め上げていた。
背負った闇ははてしなく深く広がっている。吸いこまれるかのような錯覚が不快だ。瞳孔が開いた金色の瞳も同じく。
振り上げた手に瞬く間に握られた剣。当然のように振り下ろされる。
空気を切り裂く音がした。
髪が数本宙に舞う。目は、逸らさない。遅れて頬にひとすじ切り傷が出来たのを悟った。
うつむいて、肩を揺らして、おそらくは笑っている。声もなく、自分だけの欲にまみれて悦に入っている。
「―――――ッ、は、」
剣は突き刺したまま、ようやく声を出して笑いだした。一気に天を見上げてあははは、と決壊したように笑いだした。白い指が白い髪に絡みついて、ぐしゃぐしゃにかき乱される。十匹の蛇。のたくる。笑い声がかすれていって、聞こえなくなっていってそれでもまだ小刻みに体は震えていた。そのいちいちの瞬間に極めているように。
はあ、はあ、と熱病に浮かされたのに似ている吐息。喘ぎ。口は酸素を求めて何度も開け閉めを繰り返した。忙しく。せわしなく。
やがて発作が治まるように動きがゆっくりになっていって、止まった。最後に長く息を吐きだして、大きく震える。
狂態の一切から目を逸らさなかった。蔑む視線で冷たく見下す。
仰け反っていたのが、戻ってきた。すっかり下りた前髪。印象は変わって、ひどく、幼い。
また指を舐めて、そのまま顔を近づけてくる。はしたなく頬は紅潮したまま。吐息が吹きかかるほど間近に顔を寄せてきて、小声でささやくように語りかけてきた。
「ランサー、話をしよう?」
「…………」
「私と、話をしよう。君に言いたいことがたくさんある」
「……例えば」
「愛しているよ」
「ほざけ」
「君のすべてがほしい。だから、私にくれないか」
「お断りだ」
「どうして?」
「オレはおまえなんぞに興味はねえ」
「私は君を愛しているのに?」
「ひとっかけらも、興味はねえよ」
「なあ、愛しているよ」
「反吐が出る」
「ああ、いい声をしている」
「勝手に発情すんな、たわけが」
「ぞくぞくする」
ひとなつこい猫のように身を寄せてきた。冷たいはずだった体温が熱い。熱病寸前の温度。
指を舐めていた舌が伸ばされて、頬の傷を舐められる。わずかに痛む。だが、目は逸らさない。声も出さない。無反応を貫く。
うっとりと傷を、血を舐める音が聞こえる。自身の熱にか、金色の瞳は曇って焦点を失っていた。
舌はそのまま滑っていって首筋を舐めていく。規則正しく伝っていったかと思うと、突然噛みついてきた。頚動脈。急所をやわやわと甘噛み。舌で舐め上げては噛みつく。合間に名前を呼んで。その声は低く甘かった。
下肢が押しつけられていることに気づいたのはそれから少ししてからだ。すでに芯を持って昂ぶったそれが押しつけられている。
忌々しい。思って勝手にひとりで高まっているのを心底病んでいると感じた。
元々はこんな奴じゃなかったのに。
「あ、」
苛立ちも手伝ってぐいと足を割りこませれば、驚いたように声を漏らしてそちらに視線を向けた。
「ラン、サ」
無視してぐいぐいと押しつける。負の感情をなすりつけるように。
「そ、こ、」
体が跳ねる。
「や、っ、ん」
「いやじゃねえんだろうが」
「あ、いや、じゃ、な、い」
「ったく……ふざけんな、馬鹿野郎」
「ランサ、あっ」
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
「愛してる、あいして、る」
「うるせえっつってんだ!」
怒号を上げて足を突き上げると、嬌声がだらしなく開いた口から飛びだした。崩れ落ちて、胸元に顔を押しつけてきて、すがりついて声を上げ続ける。
目を閉じた顔は泣き顔のようだった。断続的にこぼれる声にならない声も嗚咽のように聞こえた。
やがてぐったりと力を失って胸の上に崩れ落ちたまま、荒い息を漏らして目から本当に涙を溢れさせた。雫はぬるく、胸を濡らす。
黙っていれば。
……そう、思ったけれど、やはり違って、女々しいと己を罵る。
まぶたが開いて、瞳が見えて、確認できたのはやはり鋼色ではなくて金色だ。
泣き笑いで微笑んで、震える声で何度も言った言葉を繰り返してくるから、もはやどうでもよくなって初めてその顔から、目線を、逸らした。




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