血で血を洗う戦いへ挑め。
かの冬木の虎、藤隊長はそう皆へと告げた。そう言われてもぶっちゃけ嫌である。戦いたくありません、疲れるから。そんなところだ。
奇しくも皆の心はひとつになったわけだが、展開上、いや、違う。
―――――運命には逆らえないのである―――――。
まさに、Fate。
そうしてここにもまたひとつ、悲しい運命が幕を開けたのだった。


「……まあ、こうなっちまったからには仕方ねえな。頑張ろうぜ、アーチャー!」
真剣勝負は大好きです。命のやり取りとかもっと好きです。
内心わくわくしていたランサーは、男の背中を見せていざ望むべき冬の娘っこの城を眺めていたアーチャーの肩を叩こうとした。
しかし。
「え」
ぱしん、と軽い音を立ててそれを払われ、思わず目を丸くする。見ると、いつも以上に険しい彼の顔。
「私に話しかけるな」
「え……なんだよ? なんでいきなりそんなキレてんだ? まあ、今のところはオレたち敵同士だけどよ」
最後は共闘とかそういう燃える展開があるって―――――言いかけたランサーは息を呑んだ。
「今のところは? ……はっ! 笑わせてくれる!」
つくキャラ、いわゆるちっさな三頭身でそんな啖呵を切っても全然怖くありません。それどころか傍目に見ればかわいいです。めっちゃ。
ですがランサーは戸惑うばかり。
何故?どうして?オレの恋人よ、何故そんなに二日目のようにカリカリしているんだ。
そう目で問うランサーを鼻で笑い、アーチャーは叫んだ。
「貴様のマスターは衛宮士郎! すなわち貴様は私の宿敵、怨敵、天敵、ライバルなどと甘ったるい関係ではない、言わば殺し愛の仲なのだ!」
「な……!」
馬鹿だ。
こいつ馬鹿だ。すげえ馬鹿だ。
なんか知らないけど等身が縮んだせいか頭でっかちにさらに磨きがかかって前が、いや、前しか見えなくなってやがる。
おまえのものはオレのもの、オレのものは以下略のジャイ○ン思考よりひどい。
(……こいつはヤバいぜ)
ランサーはごくり、と唾を飲みこんだ。
ここで誤解を解かなければ、共闘など夢のまた夢。待っているのはラブオアダイ、殺し愛である。
いや、そういうのも好きなんですけどね。
「アーチャー……」
「準備はいい? 行くわよ、アーチャー」
「ああ、マスター」
遠くからの凛の声に、アーチャーはふいっと顔を背けてその場を後にしようとした。
アーチャー、ともう一度呼ぼうとしたランサーへ首だけで振り返ってみせる。
「ランサー」
「なんだ」
「衛宮士郎ともども命はないと思え」
あ、結局、坊主第一なんですね。
聖骸布をひるがえし去っていったアーチャーの背中をランサーは寂しく見つめる。その肩がぽんと叩かれた。
「あのさ……ランサー。なんていうか……ごめんな?」
「いや、謝るな坊主。おまえは悪くねえ。8:2くらいでな」
「せめて五分五分くらいにしてくれないかなあ!?」


そんなこんなで戦いは始まった。柳洞池、きのこでポーン、セラリズ海峡。
そのことごとくでアーチャーは宣言通り衛宮士郎&ランサーチームを狙ってきた。一位だの二位だの関係ありませんとばかりに剣やおたまを降り注がせ、セイバーやライダーが先にゴールするのを普通に見逃してしまう始末だ。
(駄目だこいつ……! 具体的にどう駄目かは上手く言えねえが全体的に駄目だ……!)
完全に周りが見えなくなっている。藤隊長の演説を聞きながらランサーは思った。
早く、一刻も早く目を覚まさせなくては。そうしなければこっちの目が覚めなくなる。それも一生。
さっきも士郎とそろって十秒ほど落ちていた。ワーン・ツー・スリー・フォー、楽しそうな凛のカウントが遠くなる意識に拍車をかけたのは言うまでもない。
(早く、一刻も早く愛を取り戻せ、オレ! 最速の英霊の名は伊達じゃねえ……!)
ぐっ、と拳を握り締めたランサーに向かって、こらそこ聞いてるの!とえらい勢いで竹刀が飛んできたのはそれから三秒後のことでした。


閃光―――――轟音―――――爆発、大破。
バーサーCARは斃れた。
五人のサーヴァントたちが力を合わせて、ようやく勝利できたこの戦いこそ、まさに死闘であった。
やったぜオレ、強いぜオレ。
とどめをさしたランサーはゲイボルクを肩に担いで遠い目をする。終わったのだ、これで。すべてが終わった―――――そう、すべてが。
そして始まるのだ。これからランサーとアーチャーとの、新しい恋の始まり…………
「え?」
突然鳴り響いたビープ音にランサーは顔を上げる。見れば、まだ健在だった冬の娘、イリヤ。その手が押しているのは……爆破ボタン!
「血迷いやがったか……!」
叫ぶがもう遅い。城は崩壊を始めた。まずは逃げるのが先である。
舌打ちをし、ランサーは大広間から駆け出していった。
大混乱の中アーチャーの姿を探したが、彼はすでにどこにもいなかった。きっと逃げたのだと。そう思うしか、なかった。


床が崩れていく。三人のマスターたちはすでに先へ逃げたようだ。
サーヴァントたちはこの裏切りものめ、と思いつつもひたすらに廊下を駆ける。後ろから迫るはバーサーCARとイリヤたち。それさえも崩れていく床に、奈落の底へと呑み込まれていく。
ランサーは駆けた。無我の境地に至り、ただただ駆けた。生き残るのには自信があった。
こんな状況ではあるが、死にはしないだろう。死んだら恥ずかしい。こんな状況で死にたくもない。
それに、まだアーチャーと仲違いしたままである。一方的にだが。
そういえばアーチャーの姿が見えない。一体どこだ?先に一人で逃げられたのか?
だったらいいのだが、とふと後ろを振り返ったランサーは驚愕した。
「アーチャー! おまえ!」
そこには必死に駆けるアーチャーの姿があった。その距離と表情の焦りっぷりから、おそらく一番最後に出てきたものと思える。
ランサーの声が届いたのかアーチャーは顔を上げた。目と目が合う。そして通じ合う。
と、次の瞬間、
「あ……!」
アーチャーの足元が崩れ、彼は暗闇の底へと落下した。
「ち、馬鹿が……!」
ランサーは駆け出す。
「ランサー!?」
セイバーたちの声が聞こえるがランサーは足を止めない。そして自ら、アーチャーが落下していった暗闇へと身を投げた。


「…………ってえ…………」
どれくらい時間が経ったのだろう。刹那か?永遠か?
体を起こして点検してみる。痛む箇所もあるが、大したことはないだろう。安堵の息を吐いたランサーは、次の瞬間目に飛びこんできたものにその身をこわばらせた。
「アーチャー!」
倒れている。
うつぶせに。顔面を思いきり瓦礫にうずめて。
慌ててランサーは走りより、瓦礫を手で掘り起こしながらアーチャーに無事かと声をかける。
「おいアーチャー、アーチャー!」
だが返事はなかった。抱き起こして仰向けにしてみても、その唇から吐息が漏れることはない。
まさか!
躊躇する時間はなかった。
薄く開いた唇にくちづける。息を吹きこんで、胸を押し、またくちづけて息を吹きこむ。何度かそれを繰り返すと、およそテンカウント後に反応があった。
「……ッ」
苦しそうに眉を寄せたあと、アーチャーは何度か咳きこむ。それから、ゆっくりと目を開けてランサーを見た。
「よお。目が覚めたか」
「……何故助けた。私は君にあんなひどいことを……」
「なに言ってんだ。気にすんなよ。オレたち……」
こいびと、だろ?


間が開いた。


「っ、たわけが!」
どこからともなく現れたおたまで後頭部を殴られ、意識が遠くなっていく中ランサーは思った。


やっぱりこいつ二日目だ。


その後、ふたりはそろってイリヤ城を脱出した。奈落の底、もはや脱出方法などないと思っていたのだが、何故か健在だったイリヤがこっそり抜け道を教えてくれたのだ。
『乙女の秘密よ?』
そう言って首をかしげて微笑んだ彼女を見て、笑うしかなかったふたりを誰も責めることはできなかっただろう。
終わったな。
ああ、すべて終わった。
空にランサーとアーチャーの笑顔を見て、涙する生存者たちの前からふたりはそっと姿を消した。
「これからどうする?」
「そうだな……」
森を歩きながらランサーは頭上を見上げた。美しい星空。隣には、こいびと。
「旅にでも出てみるか、ふたりで!」
その答えにぽかんと目を丸くしたアーチャーは、何度かまばたきをすると口元に手を当てて笑い出した。落下の際に乱れた髪が、幼さを増す。
「まったく君は……いつでも途方もないことを言う」
それでも君についていこう。
隣を歩いてそう語りかけてくるアーチャーに、ランサーはウインクを返して笑ってみせた。


そうしてここに、悲しみから始まった運命はしあわせに幕を閉じたのだった。



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