冬木市、公園。川が音を立ててさらさら流れるそこには人気がない。
ただ、ふたりの男がいるだけ。
「…………」
青い髪にアロハの男はわずかに頬を腫らせてむっつりとしている。明らかに機嫌が悪い。一方隣にいる日頃は赤く、今は黒い男といえば明らかに居心地が悪そうだ。いつもは饒舌な彼らしくなく押し黙って川をちらちらと見ている。隣の男、青い―――――ランサーの名を呼びかけては黙る。唇を閉じて目をつぶって、赤い口内で舌が軽くひらめいた。
さらさら。
赤く黒い男、アーチャーは踵を返した。もうそこにはいられなくなった、というかのように早足でそこを立ち去る。ランサーは気づき、横目でそれを見たがまたふい、と川を眺めるのに視線を戻し、アーチャーを追うことはしなかった。
アンサー、答えはひとつだ。
頭に来ているから。


発端と原因はこうだ。ふたりは待ち合わせをしていた。ある日釣りの勝負で負けたアーチャーがランサーの言うことをひとつなんでも聞くことになったのである。お約束なというなかれ、勝負とはそういう過酷なものだ。
―――――じゃあ、オレの店に紅茶飲みに来いよ。
そんなことでいいのか?
正直アーチャーは面食らった。まさか、そんなことで済むとは思っていなかったからだ。もっとひどいこと(言えない。具体的になんて)を要求されると思っていたから本当に驚いた。しかも奢ると言われてさらに驚いた。驚きっぱなしの驚き祭りだ。
おう。美味い紅茶飲ませてやるぜ。
にかっと笑ったランサーに、アーチャーはときめいてしまった。
それで済めばよかったのだが。
「きゃああああ!」
さっきまで笑顔だったウェイトレスが悲鳴を上げる。鉄腕をふるったアーチャーは、床に倒れ伏したランサーを見下ろして荒く息をつく。眉間に皺が寄っている。実は、ちょっと涙目だ。
約束通り、時間通りにランサーがバイトをする店にアーチャーはやってきた。そして、ランサーは笑って注文を取りにきた。
こちらなどおすすめですが、お客さま。
では、それをもらおうか。
かしこまりました。
メニューを閉じて厨房へと戻っていく後ろ姿に、またもアーチャーは見とれてしまう。ときめいてしまう。
回路が暴走している。
ぱしんと自分の頬を叩いたアーチャーのまわりには幸運にも客がいなかった。そもそも、店内には客がほとんどいなかった。人騒がしいのが好きではないと言った覚えがある。
記憶していてくれたのだろうか。
思わず顔がほころんで、カウンターの方を見て、アーチャーは無表情になった。
そこにはウェイトレスと、満面の笑みを浮かべたランサーの姿。
「…………ですか?」
「違うって。ただの友達だよ」
「えー。そうなんですか?」
「うんうん。そうそう」
「それにしては―――――」
ランサーがウェイトレスの耳元に唇を寄せてささやいて、きゃあきゃあと歓声を上げさせている。アーチャーの中でなにかにひびが入る音がした。
心は硝子。
アーチャーは席を立った。


風がランサーの髪を巻き上げる。いつのまにか近くにアーチャーが立っていた。
手には真っ赤なジェラートをひとつ、持っている。
「……なんだよ」
「……その。このまえの、詫びの印、だ」
「ふうん」
オレ、口の中いてえんだけど。
そう言いながらもランサーはジェラートを受け取り、口に運ぶ。横顔が少し和らいで、アーチャーはほっとした。
ベリーベリーストロングーというそのイチゴのフレーバーがぷんぷんと香るそれは正直、アーチャーには良さはわからなかったけれどもランサーが好きだと言うのだからそれでよかった。
ランサーは黙ってジェラートに喰らいついている。
「あのよ」
「なんだろうか」
「オレも悪かったのか、あんとき」
「き、君は悪くないだろう。悪いのは私だ。私だけだ。私だけでしかない」
言い募る。と、ランサーはまたむっとした顔に戻った。
「おまえな。あんときもそうだっただろ。その自虐癖」
どうせ、どうせ私など、私など―――――それしか言えなかったアーチャーは、何も言えずに店を飛び出した。
紅茶が出てきていなかったせいで代金を踏み倒すことだけはせずに済んだ。目の前であんな光景を繰り広げてはとても奢ってもらう気になどなれない。そうだ、そうだランサーは仕組んでいたのだ…………私を呼びつけて目の前であんな光景を繰り広げ、見せつけ、あげく絶望させようと!
しかし、真相はまったく逆だった。


『嘘だよ、実はな、あいつはオレの大切な……』


「ランサー」
「馬鹿野郎。愛してるって言ったじゃねえか」
「……済まない」
「信じられねえのは知ってる。他人も自分もな。だけど、オレだけは信じろ。いいな、アーチャー」
「……ああ」
よし、とランサーはジェラートをひとなめしてから言った。先程までとは打って変わって表情が明るい。コーンについた紙をポケットにしまいこんで、にかっと笑う。
「あ、いてててて」
とたんに痛みに襲われてうずくまったランサーに、アーチャーは駆け寄った。
「大丈夫か?」
「……いてえ」
「まったく……しょうがないな君は。口の中を見せてみろ」
あーん、と口を開けるランサー。
その口の中にアーチャーは舌を差しこんだ。ランサーは痛みにではなく固まる。しばらくランサーの口内を舐めて、アーチャーはそっとつぶやく。
「甘いな」
私も君も。
そう言って笑ったアーチャーに一度眉を寄せてみせて、だな、とあっさりランサーは破顔してみせた。
こんないい体格をした男たちのキスがイチゴ味だなんて、なんて滑稽。


その後、ランサーが少し機嫌を悪くするとベリーベリーストロングーを出してくるアーチャーのせいでランサーは夜毎イチゴの夢にうなされることになったという。



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