商店街から帰ったら、部屋が異次元になっていた。
「おお、戻ったか贋作」
どさりとビニール袋を落とすのにもかまわず、平然と言う英雄王。指先から震えが始まりそれは神経を伝って全身へと広がっていく。
わなわな。アーチャーは声もなく震えた。心の奥からなにかが湧き起こってくる。そう―――――黒くて深い、得体の知れないものが。
靴を脱ぐのももどかしく部屋の中へ上がる。ビニール袋を拾うのは忘れない。
あくまでも平然とした顔の英雄王に詰め寄ると、アーチャーは心の奥から湧き上がったなにか、をぶちまけるように叫んでいた。
「何を考えているんだ英雄王!」
その怒号にきょとんとまばたきをする英雄王ギルガメッシュ。その心のままの振る舞いにふさわしく、まるで子供のような反応だ。
「この我に向かって何を考えているとはなんだ。口がすぎるぞ、贋作」
「いいから黙れ! そして速やかに何を考えてこんなものをここに置いたのか、筋道を立てて説明しろ!」
「黙れだの説明しろだのと矛盾に満ちたことを言う。やはり贋作は贋作か」
やれやれとばかりに目を閉じて首を振るその態度に、アーチャーの額に青筋が浮かぶ。握りしめられるこぶし、がさがさ鳴るビニール袋。
「説明しないのなら今日のちらし寿司はなしだ!!」
「我の蔵から取りだしてきた。やはり祭り事にはこういったものが必要であろう?」
脱力して畳にがくりと膝をつくアーチャー。不思議そうにそれを見下ろすギルガメッシュ。
まさかちらし寿司に屈するとは思っても……いや、この英雄王ならそれもありだ。というか、
「おまえの蔵にはこんなものまであるのか?」
「当然だ。我の蔵に存在せぬものなどないわ」
四畳半の部屋の真ん中に鎮座するのは豪華七段飾りの雛壇。赤と金で彩られた、まさに“弓兵”ふたりにぴったりの代物である。
「ところでこの四角い餅は食えるのか?」
「飾り物が食えるわけないだろう!」
ああ、食についてはセイバー並みになってきたな、この英雄王。
もういい、さっさと支度をしてしまおうとため息をつき立ち上がると、呑気にギルガメッシュが声をかけてきた。
「なんだ、気に入らんのか? 贋作の分際で生意気な」
「…………気にいるだとか、いらんだとか、そういうことでは既にないのだよ英雄王」
「ふん。訳のわからんことを言う」
エプロンの紐を結びながら台所へと向かう。アーアーキコエナイー状態だ。ビニール袋から材料を取りだしつつちらりと見た四畳半は、異様な迫力に満ちていた。
雛壇の前でふんぞり返る人類最古の英雄王。
それが待ちわびているのは、ひな祭りのちらし寿司―――――。
なんて混沌!
……というかもういい加減実家に帰りたくなってきた。とおさか、おうちがこいしいよ。
嗚咽を堪えて準備を始める。トントンと軽やかな包丁の音、こんな状況でも完璧に支度をしてしまおうとする我が身が悲しいと思うアーチャーであった。
四畳半はしばらく静かであったが、やがてテレビをつけたのかにわかに騒がしくなった。演芸番組だろう。ギルガメッシュのお気に入り。よく商店街でコロッケだの大判焼きだのをもらうとき、そこに集まる買い物客たちと今回のネタはいまいちだったななどと話をしているらしい。
今日、買い物に行ったとき「お宅のギルちゃんがね、この前もまた」だのと言われてとっさにちがいますから!かんけいありませんから!と叫びたくなったことを思いだしてまた目頭が熱くなる。
英霊に好意的な商店街に幸いあれ。
もう関係ないことを考えて祈ることしか出来ない。
考えながら手はてきぱきと動いている。うなぎを小さく刻んでいると、四畳半の方からテレビの音に混じってギルガメッシュの声がした。
「おい、贋作」
関わりあいになりたくないと思いつつ返事を返す。手は止めぬまま。
「なんだ英雄王」
「我はひなあられを所望する」
「そこのビニール袋に入っている、持っていって好きにしてくれたまえ」
「む、今ちょうどいいところだというに」
文句を言いながらギルガメッシュは言われたとおりにビニール袋を漁り目的のものを取りだす。と、なにか気になるものを見つけたのか、ビニール袋の中からそれを取りだしてアーチャーに向かいたずねてくる。
「これはなんだ? 贋作」
ああもう面倒くさい、と愚痴を垂れてアーチャーは首だけで振り返った。するとギルガメッシュが手にしていたものは、
「それは白酒だ。桃の節句には必要だと思ってな」
「ほう、酒か。なかなかおまえも気が利いている」
沈黙。
嫌な気配を感じてアーチャーが振り返ると、ギルガメッシュは笑っていた。
いやだちょっとまってくれいやなにもいわないでくれいわずともわかっているからわかりたくないけどわかっているから―――――!


「手を離せ英雄王! ちらし寿司がどうなってもいいのか!?」
「ちらし寿司は夜の楽しみよ。今の我は未知の体験に心ときめかせている故にな」
「そんなものに心ときめかせるな! ……っ、この、く……っ!」
「抵抗せずにさっさと服を脱げ贋作。そして正座するがよい、足をぴったりと合わせてな。そこに我がこの酒を注いでやろう」


それはいわゆる。
ワカメ酒、だとかなんとかいうやつで。
「あれほどテレビは一日一時間、深夜の視聴は禁止だと言ったのに守らなかったのだな、英雄王!」
「さて、知らんな。そのような戯言聞いたこともないぞ?」
「嘘をつけ、このたわけが!! ……あ……っ!」
宙を舞うスラックス。
やめてお雛様が見てる。
その後、アーチャーがちらし寿司を無事に作り上げたかどうかは知れない。



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