アーチャーは混乱していた。顔に出さずとも内心で。
その目前には美しく可憐な少女、セイバーがいる。騎士王。凛々しくも少女の身でそう呼ばれる彼女は、また生き様も潔かった。
「……済まない、セイバー。よく聞こえなかった。もう一度だけ言ってくれないか」
「何度でも言いましょうアーチャー。わたしはあなたを抱きたい」
沈黙。
「……あー……」
「もう一度言いましょうか。わたしはあなたを」
「いい! もう言わなくていい! 一度だけと言ったはずだ!」
そうですか、とつぶやく様が少し哀れに見えて、かわいそうになる。セイバー、と声をかけそうになり、アーチャーは次の瞬間後悔した。少女と男。剣士と弓兵。アルトリアとエミヤ。
筋力Bと、筋力D。
「それならば力ずくでいただきましょう。いいですね、アーチャー」
「……………………」
「わたしはあなたを愛している、アーチャー。大事にすると約束しましょう」
「いいわけあるかああああ!」
対応が遅れた。メモリの積んでいないパソコンのようなものである。低スペックかっこわるい。そしていじめかっこわるい。
アーチャーは暴れてセイバーの下から抜けだそうとするが、少女の細腕がそれを押さえこんでしまっていて、とてもじゃないけれど敵いそうにない。
「アーチャー」
落ち着きなさい、とセイバーは言う。だけれど落ち着けるはずがない。なんせ貞操の危機だ、しかも相手は過去に焦がれた聖少女。
小柄な体に白い肌、金色の髪は美しく結い上げられ碧玉のような瞳はまっすぐにアーチャーを見つめてくる。
―――――なんて。
なんて、きれいなんだろう。
「あなたは美しい」
「……セイバー、私は決して美しくなどないよ。薄汚れていて……君にはふさわしくない」
「いいえ。シロウと同じです。あなたはシロウではありませんがシロウだ。彼の魂は美しい。わたしはあの魂を愛している。そして……アーチャー、あなたの魂も」
「セイバー」
陶然となる。
あまりにも甘く優しい言葉に、アーチャーはかたくなに守ってきたなにかが揺れるのを感じた。だめだ。自分は弱い。英雄としても、人としても。どちらにもなりきれない蝙蝠のような存在だ。このような存在だからこんなものになりはてる。
自虐だとわかっていても止められなかった。アーチャーは唇を噛む。綺麗な少女の前に自分をさらしたくない。なれのはての自分を見てほしくはない。衛宮士郎のなれのはて、果ての果てに辿りついてしまったこの姿を。
アーチャーに搭載された乙女回路は、絶賛稼働中でフルスロットル壊れちゃうだめぇである。
「アーチャー。あまり自分を責めないように」
そっと噛んだ唇に白魚のような指先が触れる。ひるんだ刹那、するりと入りこんできて歯に触れる。反射的に噛む力は緩んだ。この指を傷つけるわけにはいかない。桜貝色の爪は小さくて、とても小さくて―――――
「……口が閉じられないのだが。セイバー」
「アーチャー。あまり自分を責めないように」
セイバーが繰り返す。不明瞭な発音でつぶやいたアーチャーの言葉など聞いてはいないのだろう。やけにきりりとした顔でアーチャーをじっと見つめていた。筋力Bの指先はあっけないほど簡単に薄い唇をこじあけている。
「これからわたしがあなたを責めるのです。自分で自分を責めるなどと倒錯的なことをせず、どうかわたしのことだけを考えてわたしにすがっているように」
「君の騎士道はどこへ行ったああああ!?」
「これがわたしの騎士道です!」
「嘘をつけ嘘を! …………っふ」
変な声が漏れたのは、途中で首筋にくちづけられたからだ。アーチャーはものすごい勢いで青ざめ、冷や汗をかく。セイバーはその汗を舐め取って(やすやすと!)ふむ、美味です。などとつぶやいている。
「美味なものか! セイバー、君、いい加減にしたまえ!」
「む、はしたないですよアーチャー。このような場面で大声を上げるなど浪漫を壊す行為です。め、ですよ」
「なにがめ、だ! め、は君の方だろうセイバー、って、なんだその顔は?」
「……もう一度」
「は?」
「……もう一度、今のかわいらしいしぐさを。わたしのツボにきゅんときました」
「おかしい! そのツボおかしいし、言葉遣いもおかしいよセイバー! もうやだ助けて誰か助けて誰でもいいから助けて助けて助けておねがいします」
「落ち着きなさいアーチャー。こんなことで怯えていてはこの先どうなるのです」
「どうなるのさ!」
「ふふ……どうなるのでしょうね」
「やっぱりおかしいよセイバー!」
すっかり言葉遣いが昔に戻ってしまった。だって、怖かったんだもん。
美しい髪の聖少女。性少女?あれ、変換がおかしい。トライアゲイン。今度は違うものを。聖杯戦争。性杯戦争?あれ?おかしいぞ?
誰がなんと言おうと絶対におかしい。
「安心してくださいアーチャー」
セイバーはにっこりと微笑んだ。
「わたしだって殿方の悦ばせ方ぐらい知っています」
「ニュアンスがおかしい! ちょ、足、足の間に入ってくるんじゃない、や、なんで、なんでなにか当たって、ちょ、や、やめ―――――」


その日、ひとつの赤いお花が散ったという。



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