「待て。いいから落ち着け。落ち着いてくれ、ランサー」
「おまえが落ち着けよ。……なんでそんな焦ってんだ? オレが怖いか? 怖くねえだろ?」
ん?とわざとらしく笑って首をかしげて顔を覗きこんでくるランサーから、アーチャーは逃げることしかできない。
怖い。はっきり言ってしまえば怖いのだ、彼が。そして自分も。
だってうっかり何を言いだしてしまうかわからない。本当にわからない。どうして布団ひとつに枕がふたつなのかわからない。どうしてランサーがこんなに嬉しそうなのかもわからない―――――ああ、これは嘘だ。
初めて、だからだ。
彼が自分を抱くのも。自分が彼に抱かれるのも。そりゃあ、キス程度は、したことがある。だけれどそれだって触れ合う程度のもので、深いものなんかしたことがない。人目を盗んでするものだから、当然といえば当然だけれど。
「ラ、ンサー」
「いいか、落ち着け。ゆっくり息を吸って吐け。オレはおまえがどんな突拍子もねえ声出しても笑わねえけどな? だけどおまえが恥ずかしいだろ?」
「ど、どんな声を出させるつもりだ!」
「そんな声だよ。……ほら、落ち着けって」
がたがたがたがた。襖がものすごい勢いでぶつかってきた体重に非難のような音を立てて軋む。落ち着けと言っても、無理だ。
こんな軽いキスを、それも額にされた程度で顔が真っ赤になって熱くて死にそうだ。
もういっそ死んでしまえたらと思う。
「し、」
「し?」
「死んでしまいたい……!」
ランサーはその言葉にきょとんと目を丸くした。片眉だけを器用に上げて、はあ?とつぶやく。
「……ああ。そうかよ」
やけに楽しそうな声に、アーチャーは自らが言葉の選択を間違えたのを知った。そうでなければ、こんなにも楽しそうにランサーが笑う理由がない。
「じゃあ、オレの腕の中で死んでみるか?」
冗談っぽく言われた言葉は、赤く光る瞳のせいでとても冗談には聞こえなかった。


「まっ、ランサー! 待て!」
「待つか、馬鹿」
ばか、と罵倒のはずの言葉がやたらと甘く聞こえて本当に死にたくなる。唇がとろけてなくなってしまうほどねぶられて、すすられて、舐められて。上手く喋ることもできないのにランサーときたら、手を止めることすらしてくれない。
涙が滲んで、変なところから変な声が出そうになってしまう。恥ずかしい。死にたい。死んでしまいたい。いっそ、殺したい。
「物騒なこと考えてるだろ」
「な……」
「わかるんだよ。おまえの考えてることくらい」
だから考えられなくしてやるから、な?
そう言うが早いか、服のボタンを一気に引きちぎられて叫び声を上げる。ほら、変な声が出た。
「なに可愛い声出してんだ」
「どこが可愛い!」
「全部」
「ばっ……」
「だから、馬鹿はおまえだろ」
本当に馬鹿で可愛いよ、おまえは。
握りこぶしの隙間から糸くずのついたボタンを落として、ランサーは笑う。この男は今日は笑ってばかりだ。そして、アーチャーは惑わされてばかりいる。
「っ、んあ!」
首筋に齧りつかれて声を上げる。尖った犬歯がやわやわと薄い皮膚を噛んで、痛いのかなんなのかわからない。
いっそ痛いばかりだったらいいのにと思う。痛いばかりだったら慣れているのだ。こんなに恥ずかしいことになど、ひとかけらも慣れていない。だけど言ってしまったら完全に命を取られてしまう。
じゃあ、慣れるか。
だなんて、そんな風に恥ずかしいことをさらりと言うのが想像できてしまって、本当に。
恥ずかしくて仕方がない。
「…………ふ、」
「アーチャー?」
口を手で押さえる。が、漏れてしまった声はいまさら戻らない。
「おまえ」
「―――――ッ」
首を振る。どんどん自分で自分を追いこんでいるのに気づいている。それでも、体が勝手に動く。
「ひとりで感じちまったのか?」
意地の悪いセリフとは裏腹に、ランサーの声はとても優しかった。とたんに、溢れてしまう。
体の奥からなにか、とくとくと濡れてきてしまって溢れて止まらない。人に見せてはいけないもの、をランサーはやすやすと、その指で掬い取って絡め取ってしまう。挙句に奥まで塗りこめられて、腰が揺れるのまでを見られてしまった。
「ラ、ランサー」
「なんだ」
「待ってくれ。……は、恥ずかしい」
「じゃあ目を閉じてろ。その間にそんなこと考えられないようにしてやるから。な? オレにまかせとけよ、アーチャー」
「馬鹿者……!」
「ああ、馬鹿でいい」
綺麗だぜ。


そう言われて、奥に入ってこられた瞬間に本当になにもかもが吹っ飛んでしまった。揺さぶられて、泣いて、叫んで、喘いで、身悶えて。
みっともない姿をさらしたと思う。
だけれど、とても、気持ちがよかった。
すべてを吐き出してしまって、ぼうっとした頭で、こぼれた涙や涎を拭ってくれた指先の温度や、抱きしめてくれた腕の感触が、すべてが。
途方もないほどに刺激的で、安らかで、気持ちがよかったのだ。



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