―――――なあ、もっと甘えていいんだぜ。
「済まない」
そんな顔をして笑うから、少し苛立って繰り返した。
オレには、もっと甘えていいんだぜ。
「済まない」
だから、なんでそうなんだよ。
公園で、柵にもたれかかって奴さんは川を眺めている。ときおり吹く風が気持ちいいのか目を細めて。なんで自然の恩恵は素直に受けるくせに、オレの告白は素直に受けないかなあ。
風がいちだんと強く吹いて額がさらにあらわになる。髪を下ろしたときもそうだが、幼く見えた顔にどきりとした。
ぞっとして、そっと笑う。
「な」
「?」
頬杖をついて、言った。
「好きだぜ」
きょとんと。目を丸くされ、これは効いたかと思った。小さくガッツポーズを取る。まさかここまで直球で来られてわからないだなんて鈍感もすぎるほどこいつも―――――。
風が吹く。それはいっそう強い風だった。
「ああ。私も……」
流れる髪を、こめかみで固定して微笑む。
「君のことは好きだよ。好ましいと思っている」
絶対違うだろ、そのニュアンス!
「ランサー?」
がっくりと膝をついた。いいんだ。放っておいてくれ。ランサー?不思議そうに聞く。腹でも痛くなったか?
痛いのはこの胸だよ。


「……で? 相談しに来たってわけ?」
「ああ」
柳桐寺の魔女は、自分だけ茶を啜ると大きなため息をついた。迷惑だわ、と容赦のない一言。
「わたしは宗一郎さまとの幸せな日々を送るのに忙しいの。狗の面倒を見ている暇なんてないわ」
「それだ。あんたの旦那も相当の鈍感だろ? なのになんでそんなに上手く行ってる?」
魔女は湯呑みを手にしたまま。
かあ、と顔を赤くした。ルールブレイカーを手にしてぶんぶんと振り回しながら、やだ、本当のこと言わないで!狗のくせに気がきくわね!とのろけまくる。危ない!危ない!今ここにあるデンジャー!
持ち前の俊敏さを生かしてすべての太刀筋を見切ると、冷や汗を拭いながらてのひらで両頬を覆っている魔女にたずねる。
「で、なんでなんだ。率直に聞くが」
「……愛ね」
「……愛か」
「そう、愛! 素晴らしい言葉だわ! 男なんてみんな屑だと思っていたけど宗一郎さまだけは違うの! あの人は至上の存在、この世で一番美しい宝石だわ!」
「……ほう」
やべえ。
相談相手、間違えたかもしれねえ。
だけれどセイバーは食べ物が恋人だし、遠坂凛は教授料として莫大な金を請求されそうだし間桐桜はなんとなく本能が警戒する。標的と同一存在の衛宮士郎も可能性としては考えたが、なんだ。あれの元だけあって、より鈍感さが期待される。いや期待してはいないが。
それに、青い。
いや自分も青いけれども……。
「あなた、優しく迫っている? それとも激しく?」
思考中の突然の質問に、飲まされてもいないなにかを噴いた。顔が赤くなるのがわかった。
「ななな!?」
「だからどっちだと聞いているの。さっさと答えないと本当の狗にするわよ」
さぞかし似合うでしょうね。にっこりと微笑んだ魔女の目は本気で、背筋が粟だった。ぐちゃぐちゃになった脳を整理して慌てて答える。
「激しく―――――あ、いや? 優しくか? なにしろあいつ鈍感でよ、激しく迫ったりしたら一体どうなるか」
「それね!」
「どれだ!」
ズビシと突きつけられた指先に、全身全霊で動揺する。魔女は勝ち誇ったように胸を張ると、やはり狗は狗ね、と吐き捨てる。先程から狗、狗と連発されて少々トサカにきたが、ぐっと我慢して次の言葉を待った。
「鈍感だからこそ激しく迫るのよ。硬い殻がちょっとやそっとの刺激で簡単に壊れるかしら? あなた自分の信念を柔い言葉であっさり曲げられる? そもそも心に届かないでしょう?」
「…………!」
息を呑んだ。
なんという正論!
あ、いや、それはどうかと思う部分もないではないが。だってこの言葉は「力任せにヤッチマイナー」と言っているのと同じことだ。
だが。
「そういうのは嫌いじゃねえな……!」
舌なめずりをして、口元を拳で拭ってみせると魔女はますます得意そうな顔になる。
「やっておしまいなさい」
その言葉がまるで、女神の託宣のように聞こえた。
その時は。


「……で? 一体君はなにが言いたいのかね?」
不思議そうな顔で問うてくるのに、無性に謝りたくなった。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
あれは女神なんかじゃありませんでした。魔女です。悪女です。あくまです。
おまえが好きだ!ああ、私も好きだが。そうじゃなくて!……?自分の発言を覆すか?まあ、私は君が嫌いではないから、少し残念だが。そうじゃなくてええええ!
まさか往来で押し倒すわけにも行かず、怒涛の好き好き攻撃で攻めてみたのだが奴さんは相変わらずスルー攻撃が上手かった。
というか、わざとか。
わざとじゃねえのか。
どうなんだ、ええ?
思わずそこのところを物陰に連れこんで小一時間ほど問いつめたくなるほど、相手は鈍かった。思わずしゃがみこんだ自分にランサー?と不思議そうに声をかけてくる。肩にぽんと手を置いて、ああ、やめろってばこの鈍感。
「好きなんだよ……」
「さっきから好きだと言ったりそうではないと言ったり……まったく君は理解不能だな」
「おまえだよ」
私が?と首をかしげる。
そのしぐさに、思わずそのかわいらしい首をひねってくるくる回してもぎとりたくなった。なんて物騒な。
それくらい思いつめていたのだと思ってほしい。
ああもうこの鈍感英霊は一体なんと言ったらわかってくれるのだろう。
「ランサー?」
聞いてくるから、差しだされた手を握ってみた。
きょとんとして、それでも手を振り払わない。立てないのか、と聞いてくる。
「立てねえ」
「どうした」
「打ちのめされてんだ」
「なにか辛いことでも?」
「今まさに。生命力ガリガリ削られてんな」
おまけに精神力も。そう言うと、眉を寄せてそれはよくない、とつぶやいた。
「早くマスターのところに戻って魔力の補充をしてもらうといい。大事があってはいけないからな」
「…………帰りたくねえよ」
「また、そのようなわがままを」
「おまえがわかってくれるまで帰らねえ」
「私が?」
「だから、一生オレは帰れねえだろうな」
「それは困った」
私になにか出来ることはないか?と聞くから、沈んだ声で言ってみた。
「オレのこと、好きになってくれ」
「? だから、先程から……」
「そうじゃねえ」
握った手はひんやりと冷たい。まるで鋼のようだ。
少し曇ったそれと同じ色の瞳は、不思議そうな様を隠さずにこちらを見つめてくる。この鈍感。いっそ襲っちまうか。人前で犯されればいくらなんでも理解するだろう。泣いて喚いて嫌がって、それで理解すればいい。それで蛇蝎のごとく憎まれてもかまわない。
まともに認識されないよりは。
十把ひとからげ、それってなんて悲しいことだろう。
なんだか泣きたくなって、ランサーは目を潤ませた。
零か一か、乱暴でもいい。
こいつに、特別だと認識されたい。
「ランサー」
「すきだ」
「ランサー?」
「すきなんだ」
声音が幼くなる。みっともないと思いつつ、言えることはそれだけだった。
「あいしてる」
一歩、踏みこんでみた。と、褐色の顔がかっと赤くなる。
お?
「……愛?」
「愛してる」
「…………」
おお?
まさか、これは。
通じたか?胸が高鳴る。冷たかった手がほんのりと温かい。期待をこめた目で見上げてみると、困ったような顔をして奴さんはこちらを見ていた。
あ。
困らせたか。外したか。
がっかりとしてうなだれる。時期尚早。あの魔女め、激しくだなんて助言くれやがって……と舌打ちしたとたん、
「この感情もそう名づけていいのだろうか」
「は?」
「私にはよくわからない。だから、君が決めてくれないか」
「え?」
「今、君に愛していると言われて胸が苦しくなった。なんだか妙に恥ずかしくて仕方なくもある」
「あ?」
「これは―――――私も君を、愛していると言ってもいいのだろうか?」
卑怯だ。
そんなこと、他人に預けるな。
ぐっと力をこめて手を握ると、目に力をこめてたずねる。
「おまえはどう思う」
「……私は?」
「いやか? それともうれしいのか?」
「……わからない……」
「ゆっくり考えろ。時間はある。待っててやるから」
その言葉に奴さんはせわしなくまばたきをすると、こくん、と小さくうなずいたのだった。


ちなみに返事が来たのはそれから一週間後で、そのあいだ地獄のような苦しみを味わったことを記載しておく。
まあなんだ。結果は、晴れて両想いだ。
奴さんのお言葉は、「私も君を愛しているのだと思う」だった。断定系ではないのが少し気になるが。
これからその天然と鈍感を矯正してやるから、覚悟しておけ。



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