悲鳴が聞こえた。
「あ、あ、ああああ」
槍兵は鏡をぺたぺたと触って、がくりとうなだれた。何故だ……とつぶやく。その後ろで弓兵は腕を組んで平然と立っている。自分の服をつまんで布地を興味深そうに伸ばしたり、縮めたり。槍兵は鏡越しにそれを見て勢いよく振り返った。
青いしっぽがぶん、と振られる。
「やめろ!」
「いいだろ別に。変なところ触ってるわけじゃなし」
「やめんか!」
まるでお互いがお互いのような口調で喋る。さて、これには当然ながら訳がある。言ってしまうと、例によってギルガメッシュのせいだ。
「また騙された……!」
「あいつ、小さくなってからうっかりスキル消えたよな。いや、でかくなってうっかりスキルが身についたのか?」
「知らん!」
赤いキャンディ青いキャンディ知ってるかい?
「もう奴から渡されたものは口にしないように心がけるんだ! 互いにだ! いいな!」
「へいへい」
「返事は一回!」
「へーい」
だらしなく言葉を伸ばすと、弓兵の姿をした槍兵はがりがりと無造作に後頭部を掻いた。槍兵の姿をした弓兵はぎり、と唇を噛む。元はと言えば子供に弱い己が悪いのだと叱咤してみるがそんなことではどうにもならない。では自虐か?自虐を望むのか?否、解決だ。
『ランサーさん、アーチャーさん今日も仲良しですね! はい、そのご褒美にこれをあげます』
『あ? ……お、美味そうな飴だな』
『はい、ボク特製の飴ちゃんです。甘くてとろけそうなほど美味しいですよ』
意識がな。
『いや、私は』
『いらないですか?』
『いや、その、だな』
過去に女体にされたり猫耳にされたりしたし。
『いらないですか?』
『いや、その、だな』
『いらないですか?』
『……もらおうか』
『はい!』
知ってる人からも物はもらわないようにしましょう。
お家に帰るまでがFateです。運命は、過酷です。
「で、だ。オレの飴の中にはこんなもんが入ってたみたいなんだが」
そう言ってポケットから槍兵は小さな紙を取りだした。ああ、そういえばと弓兵もポケットを探る。普段の服より体にぴったりとはりついて探りにくい。
半分になった丸文字を合わせてみると。
解決策は愛の力です☆
「この星がムカつくな……!」
「わー素の口調に戻ってるぜエミヤよ」
「ていうか愛の力ってなんだ!? 抽象的すぎるだろう!? 一体なんなんだ! 説明してみろ!」
「いや、オレに聞かれても」
「よし、階段にでも行ってみるか!?」
「なんでだよ。わかんねえよ」
「聖杯機能を使え!」
「そうしようとはしてみたんだがな、どうも上手くいかねえ。他人の体だからか?」
手をぐ、ぱ、ぐ、ぱ、とむすんでひらいて。槍兵は不思議そうに首をかしげた。おまえはどうだ?とたずねる。
知らん、と弓兵は首を振った。長い髪がまとわりつくのが鬱陶しい。つい涙が出そうになった。他人の体だからか?力の制御だけでなく、感情制御も上手く行かないようだ。
「ああ、泣くなよアーチャー」
「泣いてなどいない……!」
「普段赤くなる目が最初から赤いじゃねえか。オレの体で勝手に泣くな、だらしねえぞ」
「だから、泣いてなど!」
「よしよし」
それは傍目から見たら奇妙な光景だったろう。弓兵が余裕の表情でせっぱつまった槍兵を抱きしめているのだ。しかも、背中を軽く叩きなぐさめている。
そして、額にそっとくちづけをした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「戻らねえな」
「戻らんな」
ちょっと期待をしてしまった。つぶやく。
「……階段を使うか」
「だからなんでだ。説明しろ」
「聖杯機能が使えないというのは面倒だな……」
「回線も上手くつなげねえしな」
「そういえば凛にばれても面倒だな……」
「もうバレてんじゃねえのか。そっか、嬢ちゃんに助けてもらえばいいのか」
「彼女が果たして英雄王の底力に勝てるかな?」
「信じようぜ!」
弓兵はうなずくと、槍兵が差しだした手をつかんで立ち上がった。それから微笑むと、彼の手を引いて部屋を出ていく。


―――――遠く。
「うお!? なんだよアーチャー、なんで突き落とそうとす……心中か!? ちょっと待て、早まるな!」
いまだ聖杯機能の恩恵を受け入れられない槍兵の哀れな声が衛宮邸にこだましたという。



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