「いいか、心の乱れはすなわち環境、つまりは部屋の汚れからやってくる! 君の乱れもそこから来ている。わかったらすぐにその本を閉じて私と共に掃除を始めるんだランサー!」
ランサーは。
ギルガメッシュから借りたジャ○プをぱたんと閉じて答えた。
「そりゃオレと一緒に掃除がしたいからしてくださいお願い、ということか」
「どうしてそんな方向に行くのだね!」
というか誰がお願いをしたか、ええい起きろ起きないか、まずは風呂に入ってその頭をしゃきっとさせてこい。えー、やーだー、一人で風呂なんか入れねえよ、アーチャーよ、一緒に入ってくれよー。だまれたわけ!
と、まあひともんちゃくあって、なんだかんだあってランサーは風呂上りでろくに髪も拭かないまま部屋に戻ってきた。
エプロンと掃除道具を様々装備した家庭夫戦士アーチャーはそれを見て驚愕の表情を作る。首にかけられていたタオルを掴むと、赤い目を丸くしているランサーの頭に覆いかぶせた。がしがしがしがしがし。
「いてえ! いてえって、マジで痛いからやめろよ、おいって、アーチャー!」
「風呂に入ってもその心の乱れは駆逐できんか……! 忌々しい!」
「……ひでえ言い様だな」
「なにを言う。これでも甘くしてやっているのだぞ?」
「これで甘いとかどんな微糖だよ……」
「いいから。ランサー」
「いやいいからとか意味わかんね」
「いいから」
「……はい」
さあ掃除をするんだ。突きつけられたはたきを受け取って、ランサーはつぶやく。……かかあ天下。
「ランサー?」
「はいよ」
それから色々なところを掃除した。部屋の隅は丸く掃いてはいけない、窓ガラスは新聞で拭く、指先でスタンドの傘のほこりをつーっと。聖杯機能では知らないことをいろいろと教えられ、正直感嘆した。すごい。アーチャーすごい。アーチャーかっけえ。抱きてえ。
最後のは特に関係ない。単なる欲望だ。
だってほら、愛していたら抱きたいじゃないか。いくらかっこよくたって抱きたいものは抱きたいし、かわいいもんはかわいい。だってほら、隅々まできれいにしたって、ゴミひとつなくしたっていつか散らかるし、汚れるじゃないか。
きれいなものは汚したくなるじゃないか。そういうことだ。
けれどアーチャーがきれいになった部屋であんまりにも嬉しそうな顔をしているので、そういうことを言うのは無粋かな、と思った。
だけどそんなのは関係ない。
「アーチャー」
「うん?」
「うわっ」
あまりにもきれいにアーチャーが笑うから、ランサーは思わずまぶしくなって目を背けた。そうか。汚れとか心の乱れとかってのはこういうことか。ランサー?アーチャーが呼んでいる。アーチャーごめん。まじでごめん。
ごめんなさい。
「……で、どうして君はいきなり土下座をしているのかね」
「……なんでと説明すると長いんだけどよ……」
「そのあいだずっと土下座を?」
「できれば」
不思議そうに膝をついたアーチャーが、眉を寄せて詠唱を始めたのはそれから数十秒後のことだった。



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