夢を見る。


夢を見た。


「……――――ッは、あ……ッ」
上半身だけでがばりと起き上がる。嫌なほどに滴って流れた汗が夜着を濡らしていた。びっしょりと。
張り付いて、肌色を透かして褐色に見せている。
がん、がん、がん、と頭の中がうるさい。泣きたくなるけれどそんなものはとっくに枯れた。ただ叫びたい。けれどほんのわずかに残った理性が邪魔をする。
まだ、明けていない。夜だ。家人は皆眠っている。だから。
黙って。蓋をして。このまま自分の中へ沈めて。
自分だけの、ものにして。
「……アーチャー」
なのに、抱き締められた。低い声が耳元でして。
「ぅ、ぁ、あ、」
呻き声がこぼれる。悲鳴にはならない、呻き声が。
それでも漏らせるだけなら楽にはなれた。自分の中に沈めるよりはずっと楽になれた。女の体。ひとごろしのからだ。そんな中にまた、真っ赤な記憶を、記録を、沈めるよりはずっと。
傍らの男の腕の中で、呻きとして外へ漏らせるのならば。
「いい。聞いてるのはオレだけだ。出せ。んなもん、体に溜めてちゃ毒になる」
「……――――ッ、ん……ッ……」
目をぎゅっと閉じて男の胸板に頬を擦り付けるようにして何度も頷いた。男が言う“毒”を消え入りそうな呻きとして吐き出して、ついでに涙も搾り出し、男の夜着と肌を濡らした。
同じように。
同じように、同じように、同じようにいてほしい。
性別の差。
生まれ。育ち。
立場。立ち位置。聖なるもの、邪なるもの。
男と自分とは、何もかもが違う。


それでも男はただ黙って、時々言葉を投げかけ、自分を楽にしてくれる。
それはとても、……とても。
言葉に、出来ないくらい。
目の、目蓋の奥にこびりついた赤い記憶が、記録が、仮にも、だが、この世界に赦されて溶け出していくようだった。
そんなはずないのに。
自分が赦されることなんてない。
だって殺した。
救った人間もいた、だけどそれ以上に。
この手で。


とある戦場で、子供がひとりいた。もうその子供は死にかけていた。死に瀕していた。
目を切り裂かれていてもう何も見ることも出来ず、おとうさん、おかあさん、おねえちゃん、とか細い声で呼びかけていた。
おとうさん、おかあさん、おねえちゃん、らしきモノは子供のまわりでいろんなところがぶちぶちと千切れてぐちゃぐちゃになって潰れていた。
もう、人だった頃の面影もなかった。
ただの残骸だった。
“おかあさん”
そう呼びながら焼け焦げた手を、幼い指先をさ迷わせる子供を抱き締めた。“おかあさん?”子供は聞いて、それから、“おねえちゃん?”と聞いてきた。
母だった、姉だった女の性を、無駄に育った己の乳房に求めたのだろう。子供の体は死に瀕しているというのにひどく熱く、病に浮かされているかのようで。
何も言わずに乳房に子供の顔を押し付けた。ぎゅ、とそのまま背中を抱き寄せる。子供はただ、息を吐いて。


“ありがとう”


そう言って、死んだ。


ただそれだけの、よくある話だった。
何度も何度も繰り返した、話だった。
「ん……っ」
唇を重ねられる。舌が入り込んでくることはない。何度も、何度も唇は触れ合った。
「アーチャー」
「……ふ、ぁ……っ……」
「オレが、全部」
今夜だけでも、と男は言う。
毎夜とは言わない。
身勝手なことは言わない。無理だと思わせることはしない。ただ、今だけと。そうやって事実を強く感じさせてくれる。
本当だと、安心させてくれる。
嘘はない、男の言葉を。
嘘だらけの、自分は受け入れた。
夜はまだ明けそうになかった。



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