青い髪は水分を吸って重く、さらに青く染まっている。それにやや見惚れつつエミヤはわしわしとタオルで小さな頭を拭いていた。
「おーいエミヤ、こっちも頼むわー」
「……ランサー。君は大人なのだから自分で出来るだろう?」
「そうだぞバカ兄貴! ……ってエミヤ! オレのこと子どもあつかいすんなよ!」
ぷうっと頬をふくらませたセタンタが振り返った。その頬は薔薇色に上気していて、石鹸の匂いが漂う。ち、と舌打ちをしたランサーは自分で大雑把にタオルで髪を拭いながら二人の方へやってくる。ぼたぼたと雫が落ちてセタンタが叫んだ。
「ちょ、兄貴! 冷たい!」
「こら、きちんとしたまえ!」
「はいはいわかりました、よっと」
そう言うと、ランサーは自分の頭を拭っていたタオルをエミヤの頭にかぶせた。急に視界が暗くなって慌てたエミヤは、ごしごしと頭を拭かれて面食らう。
「やめないか……!」
「いいじゃねえか、風呂で背中洗ってくれた礼だよ」
「! じゃあオレも! オレもエミヤの頭拭く! 拭く……っ、くっそ、届かねえ!」
げらげらと笑う兄の声と悔しがる弟の声。どうやらぴょんぴょんと跳ねているらしいが、まったくセタンタの手はエミヤの頭に届かない。身を屈めてやろうとするがランサーの手にがっちりと頭を押さえられているせいで、自由に動けなかった。


この邸宅の浴場は広い。ちょっとした旅館並みだ。だから大人ふたりと子供ひとりで入っても、なんら問題はない。ただ……面子が面子なので少々騒がしいというくらいで。今日もまたランサーは夕飯を強請りにやってきた。そして庭でセタンタと喧嘩になって……止めに入ったエミヤが転びそうになったのを、ふたりそろって抱きとめようとして、結果全員で共倒れ。
泥だらけの顔を見合わせて、なんだか笑ってしまって、皆で風呂にでも入るかということになった。
……まあ、そこでも喧嘩は起きたわけだが。


「エミヤエミヤ、今度オレにじゃんけん必勝法教えてくれよ! エミヤなら知ってそうな気がする!」
「うん? ……いや、悪いがそういったものはわからないな。勉強や料理なら教えてやれるが……」
「そうなんだ」
「じゃんけん弱いよな、おまえら」
「兄貴だって紙一重じゃないか!」
ちちち、とランサーは指を振る。瓶の牛乳を飲みながら。
「その紙一重が勝負では大事なんだよ」
「ずっりい!」
「ずるくねえだろ別に」
「ずっりい!」
イチゴ牛乳をくいーっと一気飲みしてセタンタは叫ぶ。だん、とちゃぶ台の上に空になった瓶を置いた。エミヤはコーヒー牛乳をちびりちびりと飲み、それでは、と膝の上のセタンタにたずねてみる。
「知り合いを紹介しようか。彼女ならあるいは知っているかもしれないからな」
「本当かよ!?」
「私が君に嘘をついたことがあったかね?」
「ない!」
セタンタはぱっと顔を輝かせると、エミヤの首ったまにかじりついてきた。まだ少し髪が冷たい。けれど擦りつけられた頬は熱かった。子供特有のこの体温が、エミヤは好きだ。
「彼女?」
怪訝そうな顔でランサーが言う。ああ、とエミヤは答えた。
「バゼット・フラガ・マクレミッツ嬢だ」
「ダメットかよ!」
ばりん、とランサーが瓶を握りつぶす。バゼット・フラガ・マクレミッツ。通称バゼット嬢、愛称ダメット嬢は過去のランサーの仕事のパートナーであり、今でも彼とは親しい。ただしダメット嬢からの愛称からもわかるように、ちょっとしたところでポカミスをおかしてくれるのでランサーはそれが苦々しいらしい。
ちなみにランサーを通して、エミヤも彼女とはちょっとした認識がある。
「駄目だろ! あいつのじゃんけんなんて強いとか弱いとかそういう次元じゃねえぞ!?」
「なんだそれエミヤ、その人強いのか!? 兄貴がこんななるくらい!?」
「ああ、強いぞ。今度会ってみるか?」
「いいの!?」
「よくねえ!」
セタンタは兄の慌てる様子が珍しいらしく、手を叩いてけらけらと笑った。エミヤも口に手を当てて笑う。ランサーはちゃぶ台を叩いてしばらく吠えていたが、二人のその様子を見て気が抜けたように体から力を抜く。そして一緒に笑い始めた。
りんりんと虫の鳴く声が庭から聞こえてくる。
季節は、もうすっかり秋だ。



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