ぽんぽんと青空に花火。
アナウンスが高らかに祭りの開催を告げる。まるで空を横切るように、クレヨンや色鉛筆で描かれたアニメのキャラクターや家族の顔がどんと中央に鎮座する旗が吊るされている。ときどき右や左に片寄っているのはご愛嬌。
セタンタのテンションはもはやマックスハート。剣の舞に合わせて今にも踊りだしそうだ。
「セタンタくん、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられるかってんだ! ミミ!」
だってまだ入場行進も始まってないんだよ?と少女、ミミ。セタンタのクラスメイトである。セタンタは勇敢に赤いはちまきを締めぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねている。飛距離は、高い。
カジトケンカハエドノハナ!明らかにカタコトで宣言するセタンタに、はあ、とミミが首をかしげる。
「家事っておうちのお手伝いのこと?」
「よくわかんね!」
「そっか」
ミミはことんと逆方向に首をかしげた。セタンタはもはやテンションマックスを通り越していて答えは聞いてない!状態だ。
「今日な、エミヤが弁当持って応援に来てくれるんだ! オレ一ヶ月前から楽しみにしてた! ずっとずっと今日のこと待ってた!」
「エミヤさん来るんだ」
「うん!」
「晴れたね、よかったね」
「うん!」
セタンタは一段と大きく跳ねた。わー、と歓声を上げるミミ。まわりの少年少女たちもはしゃぐ。ぽんぽんぽん、と花火に合わせてセタンタは跳ねた。青い空に、煙がたなびいた。


「エミヤ! エミヤエミヤエミヤエミヤ!」
入場行進中、ぴょんぴょんと列から飛びだしてはしゃぎまわっているセタンタに、エミヤは苦笑しながら叱責を飛ばした。
「こら! 行儀が悪いぞ!」
「ごっめーん!」
周囲からくすくすと笑い声がする。護衛たちは遠くからハンディカムを回していた。迷惑にならないようにとの配慮だ。
セタンタ親衛隊は残念ながら応援を却下された。旗とうちわを持って寂しそうでは、ある。
剣の舞が遠くから聞こえてくる。セタンタは、両腕と両足が一緒に出ないように元気よく歩く。エミヤが見ているとはりきりながら。
だが。
エミヤいるところにあの男あり、なのだった。
「おらだらしねえぞ! しっかり走れ! おまえ負けたりしたら許さねえぞ、って言ってる傍から萎えんな!」
「うるせえバカ兄貴! 怒鳴るなよ! エミヤの声が聞こえねえだろ!」
周囲がどっと沸く。この兄弟漫才は小学校でも有名だった。冬木の猛犬と冬木の子犬。エミヤ至上の双子のような兄弟。
最速の猛犬の弟は先頭をぶっちぎりで走りつつ兄ランサーと喧嘩している。いいぞもっとやれ、とか、明らかになにかを勘違いしてる人も。保護者の皆さんはある意味これも競技のひとつだと思っているのかもしれない。PTAは賭けをしているのかも。
勝ち星はもちろん、
「やめないかふたりとも!」
エミヤだ。
一年生の親たちは唖然としている。通過儀礼だ。
学校の近くの家は、またか、と思っている。今年もまたあの兄弟がやってきた、と。
花火の音と共に。


甘い卵焼きひとつ。
「でさ、オレさ、頑張って一等賞取ってさ! ほらこれリボン!」
「ああ。見ていたぞ。ほら、こぼすな」
「おまえうっせえぞ。あ、それもらい」
「あー!」
黙ってエミヤが自分の紙皿の上の卵焼きをセタンタに与えてやる。と、それが嬉しかったのか箸を握りしめていた手を緩めてセタンタは微笑んだ。そしてふたたび食事に戻る。エミヤもそれを見て、ふ、と微笑んだ。
ランサーだけが面白くなさそうだ。
「エミヤ」
「?」
「あーん」
「!」
セタンタは塗り箸を再度握りしめた。
「エミヤオレも! オレもオレも!」
「おい、こら、ランサー! セタンタ!」
「あーん」
「あーん」
……雛鳥二匹。
エミヤは嘆息すると、煮物の中から小さな芋をひとつ、ふたつその口の中に放りこんだ。決してどちらが先だと文句を言われないように素早く同時に。


最終競技の全員参加リレー、セタンタはアンカーだった。足の遅いミミがみんなに抜かれていくあいだ、彼はひとりすっくと立っている。
「セ、セタンタ、くん、」
「ミミ」
「ごめん、ね、わたし、遅く、て、」
「まかせろ」
それだけ言うと、セタンタはバトンを手に取った。転びかけるミミに向かってにかりと笑う。
「まかせとけ!」
セタンタは走りだした。ミミは、近くにいたカンタが支える。みるみるうちに遠ざかっていくセタンタをふたりは目を丸くして眺めていた。
「相変わらず」
「はやい、ね」
それでこそセタンタ。
「行け! 走れ! 回れ! まくれ!」
兄が叫んでいる。ひとり抜き、ふたり抜き、エミヤの顔を見る。
心配そうな顔をしていたから、笑った。あっという間に流れて消えていく残像、流線形。けれどセタンタには確かに見えた。笑うエミヤの顔が。
空が青い。
パァン、と空砲が鳴り響いて、セタンタはゴールテープを胸で切った。



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