「寝れない……」
枕を抱えてセタンタがエミヤの部屋にやってきたのは、深夜も深夜の日付が変わってからだった。家計簿をつけていたエミヤは眼鏡姿で目を丸くし、その隣に座ったランサーは肘をついて半眼で作務衣姿の弟を見やった。
「……ガキか」
「うるさいな! なんで兄貴が来てるんだよ!」
「エミヤに会いに」
「エミヤもこんな変質者、夜中に部屋に入れちゃダメだろ!」
「へ……んしつしゃって、てめえな!」
変な言葉教えるなよエミヤ!と珍しく慌てて言うランサーに、エミヤはぶんぶんと首を振った。私じゃない私じゃない。セタンタはうんうんとうなずいた。
「学校で教わった」
「ああ、防犯ベルも配っていたなそういえば……」
「今の学校はずいぶん過保護だな……」
嘆息するランサー。オレたちのころはそんなことなかったよな、とエミヤに問う。エミヤは今度は首を縦に振った。眼鏡のつるをく、と指先で押し上げる。その知的な姿は彼によく似合った。この教育係は知性派であり、また武闘派だ。一度セタンタが敵である一派の手下たちに誘拐されそうになったとき、買い物帰りのエミヤは素早くそれらを駆逐した。特売の卵2パックを割ることなく。
どうしてオレのピンチがわかったんだ!?と驚くセタンタに、優しく同じ目線で大丈夫かと聞いたエミヤはきっぱりと言い切った。
私は君だけの守護者だ。
「そりゃ甘やかしすぎじゃねえか? エミヤよ」
「そんなことはない」
「うん、ない!」
なー、とエミヤの腕に自分の腕を絡めるセタンタ。もうすっかり寝る気は失せてしまったらしく、どっかりと兄とは逆のエミヤの隣に陣取り、それでもやはり血のつながった弟か。同じくあぐらをかいてすりすりと普段の黒い上下のエミヤの腕に丸い頬をすり寄せている。
エミヤは目を細めてそれを見やると、青い頭をぽんぽんと叩いてやった。
ランサーは不服そうにそれをじっと見ている。
「ところでエミヤ。そいつ明日も学校じゃねえのか。寝かしつけなくてもいいのかよ」
お目付け役さん、と意地悪そうに言うとはっとセタンタが反応する。すりよせていた頬をそのままに、視線だけでちろりとエミヤを見てみれば、彼もはっとした顔で反応を見せていた。
「……そうだな。明日も学校だ、勉強に支障が出ては困る。寝るぞ、セタンタ」
「えー……」
「大丈夫だ。眠れないのなら眠れるまで私が添い寝してやろう」
「ホント!?」
「あー、じゃあオレもついでにねかしつけてやろうかー」
顔を喜びに輝かせてしっぽをぴんと立てたセタンタは、しおりとそれを萎えさせた。真面目な顔で言う。
「兄貴はいらねえ」
「んだとコラ」
深夜に睨みあう兄弟は、案の定エミヤにべん、ぺん、と頭をはたかれた。武闘派からの愛の鉄拳?制裁である。


「……どうも位置がおかしい気がする」
「仕方ねえだろ。折衷案だ」
「仕方ねえっていうのかこれ」
ていうか兄貴がいらねえじゃん!と叫ぶセタンタ。エミヤは手でその口をそっと塞ぐ。
「もう夜中だ。大きい声を出しては駄目だぞ。セタンタ」
「…………」
不満そうにうなずくセタンタ。エミヤは満足そうに笑うと、そっとその額にキスをする。するとその背後からランサーがのしりとのしかかってきた。なーエミヤオレにもキスー。口にキスー。ねむれませーん。
「こら、重いぞランサー」
「注意するとこそこじゃないだろエミヤ! こら兄貴、どけよ!」
「だからセタンタ、声が大きい。しっ」
「だーかーらー!」
三人川の字というのは、普通一番小さな者を真ん中に置くものだ。そうしないときれいな川にならない。だけれどこの三人の場合、一番長身のエミヤが中央に置かれるのがいつものパターンだった。だってそうしないと戦争が起こる。
深夜にエミヤ争奪戦が起こられても面倒なので、エミヤはおとなしく真ん中へと寝て兄弟の面倒を見るのが常だ。兄を叱咤し、弟を愛し。ときおりふてくされた兄も平等に愛して。
立派な成人のくせに、ランサーはたまに本気でふてくされるからエミヤも苦労する。小学生のセタンタと同じ待遇を望むあたり、大人と自負する彼もエミヤには立派な子供だった。
―――――ふ、とエミヤは微笑む。
「エミヤ?」
「どうした」
左右から同時にかけられた声に、ああ、なんでもないとエミヤは反応する。頬杖をやめて、さて、とセタンタの顔を覗きこんでたずねる。
「さあ、どうする? 昔話でもしてやろうか? それとも歌が聞きたいか?」



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