まだちょっとアイアンクローの後遺症は残っているけれど。
それでもセタンタは上機嫌で廊下を歩いていた。
「♪〜♪♪♪」
調子外れの鼻歌。自慢じゃないが、セタンタは音楽が苦手だ。1まではいかないが2あたり。それはエミヤに教えてもらうからいいのだと本人は思っている。
「ただいま、エミ……」
ヤ?
笑顔で襖を開け放ったセタンタは、首をかしげる。
「ああ、おかえり、セタンタ」
大事はないかと微笑むエミヤ、いえ、あなたが大事ありませんか。
「どしたんだ、エミヤ!」
慌てて走り寄るセタンタに、エミヤは苦笑した。さらさらと髪を触る手をそのままに、ドジを踏んだ。というような顔をして。
「整髪料を……切らしてな」
そう、小さな声でつぶやいたのだった。


そんなわけで。
「昔を思いだすよなあ。なあ、エミヤ?」
ランサーは笑いながらすっかり前髪の下りたエミヤの髪をぐしゃぐしゃにかき回す。その顔はひどく楽しそうで、イキイキしていた。
あなたなんでそんなに、と言いたくなるようなイキイキっぷりだった。
一方セタンタは、エミヤの顔をじっと見つめている。そういえば朝の見送りのときも、朝食の配膳のときもエミヤの前髪は下りていた。寝坊したのかと思っていたけれど、まさか整髪料を切らしていただなんて。
一日中髪を下ろしていたままだったのだろうか?
「……見てたかった」
つぶやくセタンタに、ランサーとエミヤが怪訝そうな表情を向ける。
だって、とセタンタは訴えた。
だってだって、
「だって、髪を下ろしたエミヤ、かわいいんだもん!」
「……だもんと来たか」
「あっあっ、でも髪を上げたエミヤももちろん大好きだからな!」
そう言って腕に絡みつくセタンタに、エミヤは苦笑した。ランサーは呆れたように見ている。
「オレはこっちの方が好きかもしれねえな。なんていうか、懐かしい気分だ」
また、ぐしゃぐしゃにかき乱されてエミヤはやめないか、と慌てる。その様子はなんだかひどく幼い。
かわいい。
セタンタはぽうっと見惚れていた。
前髪を上げたときのきりっとしたエミヤもいいけど、こう、前髪を下ろしたときのふんわりしたエミヤもいい。
エミヤはいい。エミヤ最高。エミヤ最強。
と、どこか危ういところまで考えが行ってしまいそうだったセタンタを、ランサーの声が引き止める。
「おまえよ、買いに行くとか考えなかったのか」
「ああ……生憎と仕事が忙しくてな。暇がなかった」
仕事。
ということは。
「エミヤ!」
ランサーとエミヤがまたも怪訝そうな表情を向ける。
「どうした、セタンタ」
「エミヤ……その頭に、眼鏡、だったのか」
「? ああ……そうだったが」
「見たかった―――――!」
しがみつかれたエミヤはただ瞠目する。
「絶対かわいかった! かわいかった! そんなエミヤ見てみたかった! オレ見てみたかった、エミヤ!」
ぎゅうぎゅう、と抱きつかれたエミヤは困った顔をして。
「かけた方が良い……のだろうか」
「放っとけ」


セタンタの新たな一面を発見したエミヤだった。



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