いつもは無邪気なその顔が。
……やけに、大人びて、男らしくて。
正直エミヤは戸惑っていた。どうしたらいいのかわからなくなった。だって、こんなセタンタはめったに見ない。
そしてセタンタがこんな顔をするときはなにかあるときなのだ。
そしてエミヤは、そんなときでもセタンタを突き放せない。
なにがあっても。
「エミヤ」
普段、弾むような声は今は静かだ。だからエミヤはさらに戸惑う。
「セタン、タ」
「ちょっとだけだ。ちょっとだけだから、オレの話聞いてくれよ。エミヤ」
「―――――」
断ることなどまず出来るはずがなくて、エミヤはこくりとうなずいた。夕暮れ、エミヤの部屋は薄暗い。その中でもセタンタの赤い瞳ははっきりとした輝きを放っている。
まぶしい。エミヤは思った。
自然、下を向いてしまいそうになるのをセタンタの声が引き止める。
「エミヤ。オレのこと、見ろよ」
「…………」
おそるおそる、といった風に顔を上げるエミヤ。その頬を小さな手が撫でた。ぞっとするほど、そっと。
「エミヤ、オレが怖い?」
問いかけてくる声に首を振る。怖くはないのだ。怖いわけがない。ただ戸惑っているだけで。
否定に、そっか、とうれしそうにセタンタは笑みを浮かべてみせた。その笑みさえも大人びて見える。一体どうしたのだろう。
彼は、セタンタはどこも変わっていないはずなのに、やけに大人びて見える。
頬に手を当てたまま、セタンタはつぶやく。
エミヤ。
「エミヤ、オレ、エミヤが好きだ」
「―――――ッ」
幾度となく言われた言葉なのに、どくりと心臓が跳ね上がる。鋼色の瞳をまばたかせて、エミヤはセタンタを見た。
真面目な顔で、セタンタはエミヤを見ている。
「ど、どうしたのかね」
「ん?」
「突然、あらたまって……」
耐えきれなくなってエミヤがつぶやくと、セタンタはうん、と小さくうなずいて、
「ちゃんと言っておかないとって、思ったんだ」
笑って、そう言った。
その言葉にエミヤは急に不安になって、問いかける。
「何か……何か、あったのか、セタンタ」
まるで何かあったようではないか。
よくないことが。
子供のように、伸ばされたか細い腕にエミヤがすがると、セタンタは少し驚いた顔をして。
ううん、と首を振った。
「オレ、エミヤが好きなんだ」
「…………」
「すごく、すごく好きなんだ」
「……セタンタ」
「いつも、オレ、勢いで言うばっかりだったから」
大人みたいに、ちゃんと。
「―――――言っておかなきゃだめだ、って、思ったんだ」
触れた手は相変わらずやさしく頬を撫でる。逆転したようだ。
セタンタが大人で、
エミヤが子供。
そんな風に錯覚してしまうような。
そんな、手だった。
「うん。それだけなんだ」
ごめんな、と何故か謝って、セタンタはエミヤの頬から手を離す。ゆっくりと。
とっさにエミヤはその手を掴んだ。
「エミヤ?」
セタンタが目を丸くする。その顔を真正面から見ながら、エミヤは掴んだ手を自らの左胸に強く、押しつけた。
セタンタがさらに目を丸くする。
「エミヤ」
「あ、謝る必要は、ないぞ」
「…………」
「君にもわかるだろう? 私の、この、胸の……高鳴りが」
「エミヤ。……オレが好きって言ったから? 真面目に言ったから?」
「ああ、そうだ」
セタンタは。
にこりと、微笑んだ。
やはり、大人びた表情で。
「エミヤもオレのこと……」
言いかけて、セタンタは首を振った。真っ赤な顔をして自分の胸にセタンタの手を押しつけているエミヤを見て、
「今日はいいや。エミヤ、辛そうだから」
「―――――え?」
「その代わり、」
ごにょごにょ、と耳元にささやく。
エミヤは瞬間、うつむいて。
すぐさま、顔を上げた。
答えの代わりに目を固く閉じて唇を結ぶ。
セタンタは。
静かに、エミヤの額に。
唇を、落としたのだった。


“怖くないところにするから、キスしてもいい?”



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