「エミ……」
ヤ、と言いかけてセタンタは動きを止めた。壁によりかかって眠るエミヤの姿を見て。
ちゃぶ台の上の書類はすべて片づいている。さすがエミヤ。
うんうんとうなずくと、そっと足音を忍ばせてその傍へと近づいていく。だけど、眼鏡をかけたままだ。うっかりさん。
ちょっと笑って、セタンタはそれを外してやろうとした。
―――――と。
「?」
もぞもぞとエミヤにかけられた毛布の下の方が動いた。起きたのだろうか?それで、無意識に眼鏡を自分で外そうと?
思いながら見るが、エミヤの両腕はだらりと下げられたままである。手ではない。
え…………。
じゃあ、なんだ?
せたんた は こんらん した!
もぞもぞもぞ。
毛布は動く。
とりあえず眼鏡を外してやってから、セタンタはじっと動くそこを見た。どきどきと心臓が知らず高鳴る。
いち、にい、の、
「さん……!」
叫んで、セタンタは毛布をまくり上げた。


みゃあ。


「―――――へ?」
そこにいたのは、こねこさん。エミヤの膝の上でくるんと丸まって、不思議そうにセタンタを見ている。ぱたんぱたんとしっぽが揺れた。
知ってしまえばなんということもない。セタンタはほっとしたように笑み崩れて、その小さな頭をぐりぐり撫でる。
「なんだよー。こねこさんかー」
みゃあみゃあ。
「驚かさないでくれよなー」
みゃあみゃあみゃあ。
「なに猫と話してんだ」
その声に思わず勢いよく振り返る。と、デコピンを食らってあう、とセタンタは仰け反った。結構容赦ない。と、するとだ。
「兄貴……!」
反動で首を戻して見てみれば、やはり兄、ランサーの姿がそこにあった。
挨拶代わりにデコピンとは、らしいというかなんというか。
「お。エミヤ、ちゃんと自分で毛布かけて寝るようになったか」
よしよし、と満足そうに言うランサーに、セタンタは?マークを飛ばす。
「兄貴じゃなかったんだ」
「オレは今来たんだ。どうやって毛布かけてやるんだよ?」
「そっか」
かくかくしかじか、と簡単に事情を話して、セタンタは真面目な顔で。
「だから、こねこさんが潰れるとかそういうの気にしないで毛布かけるのは兄貴かなって」
「よし、喧嘩売ってんだな? 高く買ってやるぜ」
指をポキポキ鳴らしながら、ランサーは笑う。すごくいい笑顔だ。ぞぞぞ、とセタンタは背筋を震わせる。
ランサーはふっとそんなセタンタから目線を逸らすと、眠るエミヤを見る。
「大方、こいつが毛布の隙間から潜りこんできたんだろ。まだちっちえからな、小回りもきくんだろうよ」
「へえー……」
そっか、とつぶやいてセタンタはこねこさんを見る。
そして、指をくわえた。
「いいなあ……」
「あ?」
「だってこねこさんはさ、全身使ってエミヤにくっつけるじゃん」
「おまえだって全身使って抱きついてるじゃねえかよ」
「限界があるんだ。兄貴にゃわかんねえだろうけど」
「よし、喧嘩売ってんだな? 高く買ってやるぜ」
指をポキポキ鳴らしながら、ランサーは笑う。すごくいい笑顔だ。ぞぞぞ、とセタンタは背筋を震わせる。
あれ?再現?デジャヴ?
「いいな。オレも猫になりたい」
ぽつり、とつぶやいたセタンタを、ランサーは半眼で見る。
明らかに馬鹿にしているその視線に、セタンタは全身で反抗した。
「なんだよ! 言いたいことがあるならはっきり言えよ兄貴!」
「馬鹿じゃねえの?」
「はっきり言いすぎだ!」
どうしろってんだ、と頭をがしがし掻いて、ランサーはいいか、とつぶやいた。
「猫になりゃ、確かにエミヤに猫っかわいがりしてもらえるだろうよ。だけどな」
「だけど?」
「まず言葉が通じねえ。それに抱きつこうとしても無理だろうな。足にぶら下がる程度が限界だ。あとは―――――」
「やだあああああ!」
絶叫したセタンタの大声に、こねこさんがびくりと体を揺らす。エミヤもぴくりと体を揺らした。
「やだ! やだ! やだ! オレ猫にならなくていい! このままでいい! 冬木の子犬でかまわない!」
「相変わらずエミヤのこととなると限界突破が早ええな、おまえは」
呆れたようにつぶやいたランサーの目の前で、だってだってと地団太を踏むセタンタなのだった。



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