仕事でもないのに眼鏡をかけて、エミヤは真面目な顔をしている。
セタンタも真面目な顔をしてその前に正座だ。
傍らにはランドセル。
冬でも半ズボン。これは特に関係ないけれど。
「―――――うん。頑張ったな、セタンタ」
手にした紙を指で弾くと、エミヤはにこりと笑って眼鏡を外した。セタンタはその言葉にぱっと顔を輝かせる。
「ほんとか!?」
「本当だ」
私が君に嘘をついたことが?
セタンタはぶんぶんと首を振る。
ない!
「今学期もよく頑張った、セタンタ」
照れたように頭を掻いて、差しだされた紙―――――通信簿を受け取ろうとしたセタンタの手から、ひょいとそれが奪い取られる。セタンタは驚愕した。
「な」
「体育が5、その他は大体平均点の3、音楽が際立って低い2、か。……音痴なんだな」
知ってたけどよ、とにやにや意地悪そうに笑って言うのはランサーだ。速攻怒髪天に来た!というような真っ赤な顔のセタンタから実に華麗に身をかわして通信簿を死守する。ある意味、異種格闘技戦。
「かっえっせっ!」
「嫌だね。誰がこんな面白れえもんさっさと返すかよ」
「おもしろくねえ!」
「こら、ランサー! セタンタは頑張ったんだぞ!」
その声にランサーの動きが止まる。首をかしげて、眉を吊り上げたエミヤの視線を真っ向から受け止める。
ぴょんぴょんと跳ねるセタンタからは届かないように、通信簿は高く掲げたままだったが。
「セタンタは頑張った。5だぞ。体育は、5なんだ。めったに取れるものではないぞ」
「エミヤ……」
セタンタはじん、ときていいところなのか、体育を強調するエミヤにちょっとほろりときていいのか、微妙なところだった。
「音楽は2じゃねえか」
「理科は4だ」
「お? そうなのか」
へー、なんてわざとらしい声を上げて通信簿をのぞきこむランサー。セタンタはさらに顔を赤くする。
「じろじろ見るなバカ兄貴! なんかエロいぞその顔!」
「言いがかりつけてんじゃねえぞガキが。おまえの通信簿見るのになんでエロい顔しないとならねえんだ」
そもそもエロくねえしな。
つぶやいたランサーにエミヤはちらり、と視線を向ける。
「ん? どうしたエミヤ」
「な……ん、でも……」
目を逸らす。
ことさらにさわやかに笑ってみせるランサーが、ちょっとおそろしかった。
「だ、大体だな、ランサー。君とて、昔はセタンタと同じような成績だったではないか」
「え?」
セタンタが反応する。ばっとエミヤに飛びついて、なあ、なあ本当か?とゆさゆさその体を揺さぶった。
エミヤはああとうなずく。
「体育は5。その他は平均点ばかりだったろう?」
「音楽だって5だったぜ。そこの音痴とは違うんだよ」
「音痴とかいうな!」
「へたくそ」
「直球でいうなっ!」
うー、と涙目のセタンタを抱きしめて頭を撫でるエミヤ。首を捻りつつ、何かを考えるように視線を宙に飛ばす。
「―――――ランサー」
「あ?」
「そんなに音楽が得意だったのならば、今とて得意だろう? セタンタに教えてやると良い」
「「は!?」」
高低の絶叫がそろう。セタンタはじたばたと暴れてエミヤの腕から逃れると、再びその体にしがみついて訴えた。あまり意味のない行動だ。
「なんで! やだよ、オレ兄貴になんて教えてほしくねえ!」
「オレだって。誰がこんなガキに教えるか」
「カラオケに行こう、オレの美声に酔いなエミヤと言っていたではないか、ランサー」
「……ちょっと待て。オレ言ったか? そんなこと」
「言った」
「マジかよ」
「……と思う」
「おまえそんなキャラだったか!?」
「とにかくだ!」
しがみついてくるセタンタを抱きしめると、ランサーを見ながらエミヤはきっぱりはっきりと言いきる。
「そんなにセタンタを馬鹿にするのなら、兄として教育してやるのが筋というもの。だろう? ランサー」
「いや、筋か?」
「エミヤ……」
「頑張るんだ、セタンタ」
にこりと微笑まれてはぐっと言葉を呑むしかない。
そうして、その後三人でカラオケに行くことになったのだった。
本当に、話はどうなってどこに着地するかわからないものである。



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