「おせち」
スーパーからの帰り道、たくさんのビニール袋を持ちながらセタンタは言う。
「……いつも思うけど、大変だよな、エミヤ」
コートに手袋、マフラーの重装備で、エミヤはこともなげに笑った。そうかね?と楽しそうに。いや、本当に楽しいのだろう。その顔は喜びに彩られている。私お料理大好きなんです、そんな顔だ。
セタンタは感心して、ほう、とため息をつく。
すげえ。
エミヤすげえ。
エミヤすきだ。
最後のは若干関係ないけど、いつでも思っていることだから。
だからふたりして、てくてく歩くこの時間はとても愛おしい。今年ももうすぐ終わってしまうけれど、今年もエミヤとずっと一緒にいれますように。そして願わくば来年も。
思いながら、セタンタは一生懸命ビニール袋を持って歩くのだ。
「ただいまっ」
飛びこめば、こねこさんが出迎えてくれる。その頭をうりうりと撫でて、セタンタはビニール袋のひとつをがさがさいわせる。
「こねこさんにもお土産買ってきたぞっ」
かつぶし!と叫べば、みゃん!と元気よく鳴くこねこさん。こねこさんも年末の雰囲気に乗っているのか、そうなのか。
やたらと機嫌よく、セタンタのてのひらに自分から頭を擦りつけてくる。
「おー……帰ったか」
ぺたぺたと足音を立てて、居間の方からやってきたのはランサーだ。今まで寝ていたのか、その動作はやけに鈍い。外をしゃきしゃきと歩いてきたセタンタとエミヤとは明らかに違う。
エミヤはそんなランサーにビニール袋を手渡しながら、マフラーをほどく。
そうしてにこにこ笑って、
「君は大晦日、ここで年を越すのだろう?」
「ああ。そうさせてもらおうと思ってる」
「そうか」
にこにこと。
本当に楽しそうに、エミヤは笑っている。
「おまえの年越しそばが楽しみだ」
「おせちもだ!」
セタンタが言えば、ランサーはぼんやりと。
「ああ……いたのか、ガキ」
「エミヤと一緒に帰ってきただろ!?」
こんなやり取りも、今年もう残りわずかだ。
台所に移動して、ビニール袋の中から食材を取りだして分けていくエミヤについてまわってなあなあ、とセタンタは問いかける。
「おせちって意味があるんだって学校の先生に聞いたんだけど」
「うん? ああ、あるぞ」
「たとえば?」
その問いに、エミヤは少し考えて。
「たとえば、君の好きな黒豆だが」
「うん!」
「あれには、“まめに暮らせるように”という意味がこめられているのだよ」
「豆だけに!」
「豆だけにだ」
へえー、と目を輝かせるセタンタ。
「じゃあ、じゃあ、伊達巻きは!?」
甘くてしゅわっと口の中で溶けてしまう、これもセタンタの大好きなものだ。
エミヤは卵を取りだしながら、
「伊達巻きは語呂合わせというよりは、見た目の華やかさから取りいれられるようになったそうだ。“伊達”というのは華やかさや派手さを表す言葉なのだぞ」
「そうなんだ!」
伊達巻きかっこいい。
目をきらきらとさらに輝かせるセタンタ。セタンタの中で彼(伊達巻きに性別があるかどうかはわからないが)はスーパースターだ。
「栗きんとんも同じだな。見た目が黄金のようだからだと」
「んじゃあよ、」
がっしりと肩を抱かれてきょとんとするエミヤ。ああ、ランサー。とすっかり眠気のとれたような彼に向かって笑顔を振りまく。
ランサーはそれににやにや笑みを返しながら。
「数の子は? オレよ、好きなんだ、あれ」
「ああ、あれは……」
「あれは?」
黙りこんだエミヤに、にやにやと笑みを浮かべたままでランサーが言う。エミヤは半眼でその顔を見つめつつ、
「……“子孫繁栄”だが。何故君はそんなにうれしそうにしているのかね」
「セクハラ?」
「何故そんなにもストレートなのだね今日は!」
セタンタはえ、え、と不思議そうにしている。何故子孫繁栄がセクハラにつながるのかわからない、といった雰囲気だ。
しかし。
「うちさあ」
「あ?」
「どうした、セタンタ」
「シソンハンエー、出来るのかな……」
ぽつり、とつぶやいたセタンタの言葉に、空気が。
重く、なる。
男だらけの邸宅。
女性っけ、ゼロ。
セタンタの心配も当然と言えるだろう。
エミヤは慌てたようにセタンタの肩を掴んで、正面を向かせる。
「大丈夫だ、セタンタ」
「そうなのかエミヤ?」
「ああ。きっと、きっと……」
目に力をこめて。


「きっと、ランサーがやってくれるさ」


「おい!」
肩に回していた手をほどかれて、椅子に座っていたランサーはその言葉にがたんと席を立つ。
「おまえ、エミヤ、やってくれるってなんだ!? おい!」
「兄貴がシソンハンエーしてくれるのか!」
「ああ、きっと……きっとランサーなら!」
「だからエミヤ、おまえ、人の話……ああそうだな、さっきの意趣返しか! それとも天然か!? どっちにしても性質が悪いな、エミヤよ!」
男三人寄ればかしましい?
台所にやってきたこねこさんは、騒動の中動じることなくかつぶしはまだですかと催促するかのようにみゃん、と声高く鳴いたのだった。


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