「明日は遅くまで起きててもいいんだよな!」
朝食中、白米を頬張りながらセタンタが意気ごむ。エミヤは自分の茶碗に適度な量をよそいながらああ、とうなずいた。
「いいぞ」
「除夜の鐘が鳴るまで起きてたっていいんだよな!」
「いいぞ」
「エミヤ、だいすきだ!」
何故か。
セタンタは座っていた場所から走りだしていって、ぎゅうとその体に抱きつきながら叫んだ。だいすきだー、と除夜の鐘。
あまり関係はない。
「けどよ、おまえガキだからな。寝ちまうんじゃねえのか」
味噌汁をすすっていたランサーは片目を開けて意地悪く笑う。そのとたん、セタンタはきっと兄を睨んだ。
その視線に少しだけ反応を見せるランサー。
めずらしいことである。いつもなら、セタンタが血気盛んになろうがどうしようが、かまわず味噌汁をすすっているのに。
そんなに味噌汁が好きですか、というくらいに。
「起きてる! 起きてる絶対起きてる! 今年は絶対起きてるんだからな!」
吠える、吠える。
どうしてそれほど?というくらい真摯になって吠えるセタンタに、再びにやにや笑いを宿してランサーは弟を見た。
今度はちゃんと両目を開いて。
「ああ、そうだなあ。去年はおまえ、沈没しちまったもんなあ」
去年のこと。
年越しそばを食べて、さて頑張って起きているぞと目論んだセタンタだったが、所詮は小学生。
十二時までとても起きてはいられず、泣く泣くエミヤとランサーを残して布団に入ってしまったのだった。
除夜の鐘は聞くことならず。
起きたらもう年が明けていました。
エミヤとランサーから新年の挨拶とお年玉をもらったセタンタは、しかし、悲しげな風情だったという―――――。
セタンタはばん、と炬燵台を叩いた。
ますます眼力を強めて兄を睨む。
「絶対にエミヤとふたりっきりで年は越させねえぞ兄貴……!」
真顔で。
愛らしい顔を何かの決意に固めて、セタンタは兄を見つめた。
ランサーはずず、と味噌汁をすすって。
ずー、と最後まですすり終えてから。
とん、と椀を置いて、そうして、本当に、本当に意地の悪い笑みで笑ったのだった。
「ざまあみやがれ」
「だから今年は絶対起きてるっていっただろバカ兄貴!」
セタンタの声はほとんど金切り声だ。よっぽど悔しかったらしい。ふたりを残して、自分だけが布団に入るのが。
仲間はずれの気分になったのだろうか、とエミヤは分析した。
「セタンタ。それならば、今夜は早く寝ないとな」
「ん!」
打って変わってエミヤには決意の表情で振り返るセタンタ。ガッツポーズを決めて、こくこくとうなずいている。すごい気合い。
「だけどよ?」
かつかつ食べて。
最後の白米を飲みこみ、ごちそうさんと箸を置いたランサーは頬杖をついてそんな弟を見る。その顔にはあいもかわらず意地悪い笑みだ。
セタンタを叩いて、叩いて、それでも浮上してくるのを叩いて、沈んでいくのを面白そうに眺めている。
今朝のランサー、である。
「なんだよ!」
「いやよ、思ったんだけどな」
「またどうせろくでもねえことだろ……!」
「いやいや」
ランサーは首を振る。
「そうやって頑張って起きてても、結局元旦は寝っぱなしになるのかと思うと……な。気の毒でよ」
「!?」
いまなんかこのひといいましたよ!?
なんて顔でランサーを見るセタンタ。しばらく固まって、ランサーを見て、エミヤを見て、またランサーを見て、エミヤを見て。
「セタンタ!」
地団太を踏んでから、ランサーに掴みかかった。
「なんでだよ! 寝ねえよ! おきてる! 元旦はエミヤとすごすんだ!」
「いや、無理だろ」
「むりとかいうな!」
弟に胸ぐらを掴まれても、ランサーは平然としている。いや、にやにやしている。
本当に弟をからかうのが楽しくて仕方ないと言った風だ。
ランサーは胸ぐらを掴まれたまま、セタンタと視線を合わせてゆったりと笑んで。
「いいぜ。頑張って明日は起きてな。そんで、元旦は一日中寝こけてるといいさ」
「だからおきてるっていって○×△□―――――!」
「セタンタ! 落ち着けセタンタ! 言葉になっていないぞ!」
子供特有の癇癪を起こしてぶっちぎれたセタンタをはがいじめにしてエミヤは懸命に彼を説得した。
今年、もう残り少ないというのに朝から騒動。
むしゃぶりつくように抱きついてきたセタンタの頭を撫でながら、ため息をつくエミヤなのだった。



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