「なにみる?」
「おまえはドラえもんでも見とけ。スペシャルだぞ」
「見ねえよ! ガキじゃねんだ!」
「オレはやっぱK-1だな。おいエミヤ、おまえはやっぱり紅白か」
いつもは広い台所は狭苦しく騒がしい。おせちを重箱に詰めながら、エミヤは答える。
「そうだな。年忘れ!にっぽんの歌もいいが……」
しみじみと言いながら黒豆を詰めるエミヤに、ランサーが渋面を作る。おまえなに言っちゃってんの、という顔だ。
「相変わらずおまえはセレクトが微妙だよなあ……じじくせえっつうのか、なんつうのか」
「ならばランサー、君とて毎年毎年格闘技など見たがって、少々野蛮ではないのかね? 日本の歌を聞き、心静め穏やかに新年を迎えるというのもなかなかいいものだぞ」
「やだね。オレはそんな渋い正月なんぞに興味はねえよ。……でもなあ。オレはおまえと一緒に年を越したいんだよな」
仕方ねえ、K-1は録画するか、と言いながらランサーは新聞をばさりと折りたたむ。あー見てたのに、とセタンタ。
椅子の上に立ち上がってランサーに抗議するが、兄はなんのその。右から左へ受け流して相手などしない。
頭をがりがり掻きながら格闘番組のGコードなど確かめている。775032……ぶつぶつつぶやいている。
それでおとなしく引き下がるようなセタンタではない。えいやと身を乗りだして新聞を狙う。
その様はまるで獣。そう、子犬だ。
「おい、年越しクラシックなんてもんもあるぞエミヤ」
きゃんきゃんきゃんきゃん、と頭を押さえつけられながらも懸命にランサーがふたたびばさりと広げた新聞を奪い取ろうとするセタンタだったが、いかんせんリーチが足りなかった。とても悲しいことに。
「クラシックか、それもいいな……って、ランサー! 君は何をやっているのだね!」
「新聞を見てるんだが?」
「見てるんだが? ではない! セタンタ!」
腕をぐるぐる回しながら半泣き状態でランサーへ突っかかっていこうとするセタンタを、エミヤは抱きしめてさんざんいじられたあげく熱くなった頭をやさしく撫でてやった。よしよしと言いながら手にしていたスプーンでひとさじぶん、黒豆をセタンタの口に入れてやる。
顔を真っ赤にして今にも昨日の再現をやらかしそうだったセタンタは、もぐもぐとふくれっつらでそれを咀嚼してから、ぱあと顔を輝かせた。
「美味い!」
単純なものである。
「美味いぞエミヤ! これすっごく美味い!」
だからもうひとくち、とあーんと口を大きく開けてねだるセタンタに苦笑して、こらとエミヤはその額を軽く叩く。
「今からそんなに食べては、年越しそばが入らなくなるぞ」
その言葉にびよん!と逆立つしっぽ。それを見ながらエミヤは、今年はこれで見納めか……なんて内心でつぶやいている。
しっぽの見納め。そしてまた新年に逆立つのだろう、ぶんぶんと振られるのだろう、このしっぽは。
セタンタの心境を伝えようと、健気に。
そう思うとややせつなくなってきて、エミヤはそっと手を伸ばす。
「……? エミヤ?」
頭を撫でられてセタンタが不思議そうな顔をする。どうしたんだ、と聞いてくるから、微笑してなんでもない、と答えた。
大晦日、少し感傷的になっているのだろうか。
くりくりと不思議そうなセタンタの頭を撫でながら浸っていたエミヤはそういえば、とふと思いだす。
「ランサー。君は、年越しそばに乗せるのはかき揚げがいいのかね? それとも海老か?」
「両方」
「無茶なことを言うな」
とたんに感傷などかき消えて、エミヤはしゃっきりと立ち上がる。
「そんな欲張ったこと出来るわけがなかろう。どちらかひとつだ。はっきりしたまえ」
「おまえならやってくれるって信じてるぜ、オレのエミヤ?」
「あ、オレもオレも! オレも両方のっけたの食ってみたい!」
「セタンタ、君まで…………」
呆れたような声を上げるエミヤに、兄弟はそろってにっこりと笑う。そうして、


「「信じてるぜ、エミヤ!」」


高低きれいにハモってそう告げたのだった。
もうすぐ年が明ける。
それでも変わらない。
兄弟はエミヤが好きだし、エミヤも。


「! …………」
ふ、と笑って。
初めは堪えて、だんだんと肩を揺らしながら、ついにはこぼれだした笑いを止めることが出来なくなってしまい、大きな声を立てて笑いだしたのだった。
「まったく、仕方ないな君たちは!」
そんなエミヤを、愛しそうに見つめて兄弟は同じタイミングでぶらり、と足を揺らした。



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