「よし、出来たぞ」
そう言われて、ぱしんと軽く背中を叩かれる。そうするとしゃんと背筋が伸びる気がした。一本、筋が通った感じ。
一年ぶりの着物だ。
一年前のものは小さくなってしまっていて、去年の末に新調した。
着付けてくれたエミヤも着物姿だ。おそらくは居間でくつろいでいるはずのランサーも。
セタンタはじっとエミヤを見つめた。
「…………? セタンタ、どうした」
苦しいのか?
なんて首をかしげて見つめてくるその顔がいつにもまして愛しく見えて、セタンタはエミヤにしがみつく。
「エミヤ! あけましておめでとう!」
昨日、除夜の鐘を聞きながらも言ったけれど。(ちゃんと宣言通りに起きていられた、その後眠くなって寝てしまったが)けど言いたくなったのだ。何度でも言いたい。
おめでとう。
おめでとう、エミヤ。
なんだか無性にうれしい。
「……うん。あけましておめでとう、セタンタ」
くすくす笑いながらエミヤが言う。セタンタの背中をぽんぽん叩きながら。
さっきの軽く叩かれたのとは違う、やさしい感触にセタンタはくすぐったくなって笑いだしそうになり、もう自分が笑っていたのに気づいた。
うれしかったからだな。
そう結論づけて、セタンタはうんうんとうなずく。
こうして無事新年をエミヤと迎えることが出来たから。それでだ。
「さて、居間に行こうか。雑煮を作ろう。ランサーも待っているぞ?」
邪魔者はいるけど。
「おう、やっと来たか」
居間に行くと炬燵に入って背中を丸め、銚子を傾けているランサーがいた。セタンタは目を丸くして、
「朝から酒かよ兄貴!」
「なに言ってんだ、正月じゃねえか。こんなときくらいいいだろうが」
嘘だ。
絶対嘘だ。
正月とか何とか関係ない。
そんな目で睨みつけるセタンタを無視して、ランサーはくいくいと飲み続ける。まるで水のようにランサーは酒を飲む。去年から変わらないよなあ、と思ってセタンタはそっとため息をついた。
「なんだ? 正月だってのにしけた顔してるんじゃねえぞ。さっさと座れ座れ」
逆らう理由もないから、セタンタは言われたとおりにさっさと炬燵に入った。テレビでは新春なんとかと題して騒がしくタレントたちがなにやらやっている。確か去年の正月もこんなことやってなかったっけか?とセタンタは思い、兄に聞いてみたが「そんなもん、どこも一緒だどこも」と軽くあしらわれてしまった。
確かに―――――それもそうかもしれない。
年越しも年越しでなにやらやっていたことだし、年が明けたといっても変わらないところは変わらないのかも。
たとえばランサーとか。
「さあ、出来たぞ」
盆に乗せてエミヤが雑煮を持ってきた。セタンタはそのいい匂いに、しっぽを振って出迎える。初しっぽ振り!
「君たちは餅ふたつだったな」
「うん!」
「ああ」
いい返事を返してそれぞれ器を受け取る。いただきます、と三人そろって手を合わせて、しばらく無言になった。餅と格闘しながらセタンタは透き通った汁を飲む。年が明けてもエミヤの料理は美味しい。
さいこうだ。
ごちそうさま、と三人そろって唱和して、それぞれがそれぞれに動きだす。
エミヤは台所へ器を下げに。ランサーとセタンタは満腹になった腹を抱えて、満足そうに一息ついた。
かちゃかちゃと食器を洗う音がする。
「……っと、そうだった。忘れないうちにな」
本当はやりたくねえが、と言いつつランサーはごそごそと袖から小さな袋を取りだす。
「ほらよ。受け取れ」
「あ、サンキュ」
お年玉。
小学生であるセタンタの正月の楽しみのひとつだ。
「私からも少しだが……」
片づけを終えて戻ってきたエミヤも、微笑みながら戸棚の引き出しから袋を出して、セタンタへと渡してくれた。
「無駄遣いすんなよ」
「そうだ。大事に使うのだぞ?」
「わかってるって!」
うなずき、セタンタは正座する。そうしてふたりに頭を下げた。
「ありがとうございます」
うんうん、とうなずく大人ふたり。すると玄関の方から坊ちゃん、アーチャーさんと呼ぶ声がする。
きっと年賀状だ。
「兄貴の分はねえのな」
「自宅に送っているのだろう。なあランサー?」
「つか、いまどき年賀状のやり取りなんぞするか? メールで充分だろ、メールで」
「それは聞き捨てならないな。いいかランサー、年賀状とは―――――」
テレビに負けず劣らず騒がしくなった居間に、年賀状を持ってくる護衛の足音が近づいてきた。



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