「セタンタ、おかわりは?」
「いる!」
元気よく言って、お椀を差しだすセタンタにエミヤは微笑して手を伸ばした。小さいお椀を受け取る。
ふんわりと居間は甘い香りだ。
「あ、オレも」
などと言ってランサーもお椀を差しだす。行儀が悪いぞ兄貴!とセタンタ。
「オレが先だ!」
「んだようるせえな、心狭いんだよガキ」
「……順番守れって言っただけなのになんでそこまで言われないとならないんだ……!」
はいはいとそれらをいなしながら、エミヤは突きだされたままのランサーのお椀を受け取る。いつのまにかセタンタの前には、お汁粉がたっぷりと入ったお椀が置かれていた。
甘党兄弟。
正月二日目、雑煮の次はお汁粉である。
うにー、と餅を伸ばしながらセタンタは至福の表情だ。ランサーは甘い汁をすすりながら昨日のようにテレビを見ている。
その顔もやはり幸せそうである。
甘党兄弟。
「まだまだたくさんあるからな、落ち着いて食べるんだぞ」
「ん!」
「ああ」
エミヤもようやく一杯目に口をつけている。本来なら三人そろったところでいただきます、なのだが、兄弟が。
兄弟がとにかく目の前にある甘いものに、しかもエミヤ手製のものに我慢がきくはずがなく。
苦笑したエミヤが「先に食べていてくれたまえ」と言いだしたわけだ。
「エミヤの作るものってなんでこんなに美味いのかなあ」
半ばうっとりとしつつセタンタが言う。至福ここに極まれりといった顔である。実際、エミヤの料理は美味だ。ちょっとしたものだと、なおその美味さが際立つ。こんなものがこんなに美味になるなんて!というわけだ。
シンプルなお汁粉だと、その効果は抜群だ。
せたんたは めろめろになっている!
「おせちも美味かったしな! ほんとエミヤは、料理上手だ!」
「セタンタ、そう……手放しで誉められると……だな。少々照れくさい」
「だてまきも栗きんとんも美味かった! もちろん他のもだけど!」
「セ、セタンタ」
「やっぱりエミヤの料理は」
「うるせえガキ、黙って食え」
鈍い音がした。
興奮のまま賞賛の言葉を並べ立てているところに攻撃を食らって、セタンタは声にならない声を上げて苦しむ。天国から地獄だ。
「こ、のっ、暴力兄……」
「どうだ……美味いだろうが」
「え?」
「エミヤの汁粉が、さらに美味くなったんじゃねえのかって聞いてるんだよ」
わけがわからず、それでもなにか兄がしてくれたのかと真面目な顔になって素早く正座をするセタンタ。あにき、とちょっと涙目でつぶやく。
そうだその涙だ、と言わんばかりに箸で弟の顔を指して、兄は―――――
「汁粉には少しの塩気があった方が美味くなるって言うからな。せいぜいわんわん泣いて涙でも落としとけ」
「この暴力兄貴! ちょっとでも考えちまったオレがバカだった!」
「ああ、てめえは馬鹿だ。よくそれに気づいた、拍手をやろう」
「いらねえ!」
真顔でぱちぱちぱちと手を叩く兄にがお、と涙目で吠えたセタンタは、きゅっと着物の裾を掴まれて下を向く。
そこには。
静かに、首を横に振るエミヤの姿があった。
正月から喧嘩はいけません、と言わんばかりの表情で。
「うん……兄貴相手にオレがガキだったよ、エミヤ」
立ち上がりかけていたセタンタはすとんと座る。三杯目のおかわりをもらっていたランサーは、真顔のまま、んだとコラ、とまるっきりその筋の人のような喧嘩の売りっぷりを見せたが、エミヤの視線にさらされて無言でお汁粉をすすった。
「年が明けて、少々大人になったかなセタンタ?」
「へへ」
くりくり頭を撫でられて、セタンタは首をすくめた。
エミヤは、年が明けても変わらない。
きれいでやさしくて、セタンタの好きなエミヤのままだ。
そしてお汁粉のように甘い。
せたんたは さらにめろめろだ!
「セタンタ?」
せたんたは めろめろになっている!
「……セタンタ? セタンタ?」
せたんたは めろめろになっているので きこえない!
「どうしたセタンタ? 大丈夫か?」
せたんたは、
「ぼんやりしちまって、エミヤの汁粉がいらねえのか。ならオレが」
「いらなくない!」
吠えた。
「なら食え。とっとと」
「兄貴に言われなくたって食う!」
急いで横から出される手にも負けず、かつかつとお汁粉を平らげはじめたセタンタを見て、眉根を寄せていたエミヤはようやく笑った。
ふんわりと、甘い匂いは消えることなく居間中に漂っている。



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