居間。
しん、と緊張感。
ぴん、と張り詰めて。
「豚に真珠、猫に小判―――――」
ものすごい音と共に、かるたの一枚が彼方へと飛んでいった。思わず目を丸くしてその行方を見守るエミヤに、兄弟がそろって詰め寄る。
どっち、と。
「今はオレの方が早かったよな、エミヤ?」
「オレだよなエミヤ!」
「あ、いや。ちょっと待ってくれ。そもそも、今の勝負は私には見えなかったというか」
速かった。
とにかく、速かったのだ。
かけ声と炸裂音がしたと思ったら、もうかるたは飛んでいて。
宙を、舞っていて。
はっきり言ってわからなかった。エミヤの動体視力でも。
おそるべし、最速兄弟……!
それにしても、おせちを食べてからの娯楽ということで始めたこのかるた大会(兄弟ガチンコ対決)だったのに、どうしてこんな、鬼気迫る展開になっているのか?
もっとこう、ほのぼのと……。
取り損ねた札を譲り合うくらいの……くらいの……、いや、それは無理というものか……。
「エミヤ、次の! 次の札!」
「気合い入れていけよ、エミヤよ……」
どうしてこんなにもヒートアップしているのだろうこの兄弟は。
エミヤは次の読み札を見た。
見て、黙りこむ。
「エミヤ?」
「おい、どうしたエミヤ」
「いや……これはいいものかと」
「? いいものかって、なんで」
「いいも悪いもあるか。おら、さっさと読めよエミヤ」
この兄、まるっきりチンピラである。
正座した膝の上ににじり寄られそうになって、エミヤは仕方なく姿勢を正して文字札を読み上げる。ああもう私は知らんぞ―――――と、そんな雰囲気で。
「犬も歩けば棒に当たる……」
時が止まる。
ああやっぱり、とエミヤは思った。
セタンタとランサーがじっとエミヤを見る。エミヤは目を逸らしたくなったが、耐えた。
「エミヤ」
名を呼んだのはどちらだったろう。
それさえもわからない混乱の中、静かに兄弟のどちらかがエミヤの名を呼んだ。
何かね、とやや視線を逸らして言うエミヤに、
「その犬っつうのは」
「猛犬なのか子犬なのかどっちなんだ!?」
……え。
そっち、なんですか……?
「歩いてるだけで棒に当たるような間抜けは子犬だろ? エミヤよ」
「ちがう! あに……猛犬だ! 血の気が多いから棒にも気づかないんだ!」
「ほう。言うようになったじゃねえか、ガキ。あ? 正月っから喧嘩売ってんのかコラ」
「なにをいまさら言ってんだ!」
昨日っから、むしろ去年から喧嘩売ってきたのは兄貴の方じゃねえか!
絶叫するセタンタ。立ち上がりかけた、その着物の裾を踏んづけてすてんと畳の上に転がした兄は心底おかしそうににやりと笑う。
ひどく、邪悪な顔だった。
正月早々。
顔面をしたたかに畳に打ちつけたセタンタは、顔を真っ赤にして兄を睨みつける。その背後には炎。めらめらと燃える。
「セ、セタンタ、鼻血が……!」
「こんなのすぐに止まらい!」
だからだいじょぶだ!と叫んでセタンタは兄の足の下から逃れて立ち上がる。そうして、兄をぎろりとその大きな目で再度睨みつけた。
「こうなったら勝負だ! 一体どっちが間抜けな犬なのか! 覚悟しろよ兄貴!」
「てめえに決まってるだろガキ。だが、売られた喧嘩は買う性質でな……おまえこそ覚悟しやがれ」
ばちばちばち、と火花が飛び散る。
かるた勝負からリアルファイトへ。この兄弟の中では割とよくある展開である。
「勝った奴がエミヤの初膝枕をゲットだ! いいか兄貴!」
「ガキにしてはいいこと言うな。よし…………」
「なにが“よし”かね!」
ぺし、べし。
弟には軽く、兄には少し強めに、エミヤは平手を繰りだす。
思わず頭を押さえて振り返った兄弟に向かって仁王立ちになりながら、エミヤは邸宅中に轟く声で言い放った。


「これ以上騒ぎを起こすのなら、今夜の夕飯は抜きだぞ!」


その宣言に、しょもりと兄弟のしっぽがそろって下がる。焦ったようにふたりはエミヤにすがりつく。
「悪かった。だからそんな怒るな、な? エミヤ」
「やだやだやだやだ! オレ、エミヤの作る料理が好きだ! 一回たりとも逃したくねえ!」
「なら、静かにかるたをやるんだ」
はい、と声をそろえて言った兄弟にうむ、とエミヤは大きくうなずく。
三日になってもまだ届く年賀状を抱えてやってきた護衛は、それを見てああ、と思う。
ああ、またかと。
ある意味、これは正月恒例の行事なのであった。



back.