ふう、とため息をついてエミヤは腰を下ろした。手にした紙袋はすべて配ってきて、もう手元にはない。
「エミヤ、だいじょぶか?」
「ああ、大丈夫だ。セタンタ」
微笑んでみせるが、実際その表情にはやや疲れが見えている。仕方ないだろう。挨拶回りというのは疲れるものだ。
先頭に立って挨拶回りしなければならない、当主であるはずのランサーなどは後ろであくびなどしているが。
エミヤはやや抗議の念をこめてランサーを見つめてみせる。その視線におどけたように両手を上げて、ランサーはひょいと後ずさる。
「っと、そう怖ええ顔で見るなよエミヤ。美人がだいなしだぜ?」
「……君が率先して挨拶してくれれば、私も怖い顔などしなくて済むのだがな」
まだじっと見つめるエミヤに、へえへえとランサー。かいがいしくだいじょぶか、疲れてないか、だの問いかけるセタンタとは、あまりにも態度が違いすぎる。
「でもよ、気分がいいもんだな」
「? ……何がだね。私が頭を下げているのがそんなに楽しかったとでも?」
「いや、そうじゃなくてよ」
ランサーはにっと笑い、
「なんだかおまえがオレの嫁になったみたいでよ、気分がよかった」
「はあ!?」
ぽかんと目を丸くしたのはエミヤで、激昂して立ち上がったのはセタンタだ。しっぽが思いきり逆立っている。
怒りのしっぽ。
「何故」
「なんでエミヤが兄貴の嫁さんなんだ!」
「方々で夫をお願いしますー、って健気に頭下げてよ。いるだろ、そういう嫁さん」
「いるが、だが、しかしな、ランサー」
「ちがう! エミヤは兄貴の嫁さんなんかじゃない!」
オレのだ!と叫ぶセタンタに、エミヤは目を白黒させる。……どうして、そういう話になった?
「いや、オレのだな」
「なんでだ! 兄貴なんか、兄貴なんか、エミヤになんでもやらせて自分はぐうたらしてるだけじゃないか!」
「セタンタ! 落ち着け、セタンタ」
玄関先でヒートアップしそうになったセタンタを抱きかかえて、エミヤは慌てる。そうして、ランサーを見つめた。
「ランサー、君な。年も明けたことだし、そろそろ自覚を持ってもらわんと困るぞ」
「なんだよ。説教か? エミヤ」
「真面目に聞いてくれないか、ランサー。セタンタはまだ幼い。当主の仕事など無理だ。君にすべてを任せるとは言わない、私も出来ることがあれば手伝おう。だから、少しは当主としての自覚を―――――」
「エミヤ!」
名を呼ばれた隙に力がゆるんで、エミヤはセタンタを放してしまう。とたとたと音を立てて走って、くるり振り返ったセタンタは真顔で、
「兄貴になんか頼ることねえ! オレが、オレがちゃんとやるから! オレがちゃんと当主としての勉強して、エミヤを楽させてやるから! だから、だから」
「セタンタ……」
「だからエミヤは、オレだけのエミヤでいてくれよ!」
言いきったセタンタはふい、と顔を歪めてエミヤに抱きつく。エミヤは黙ってそれを受け止めた。
そうしてじっとランサーを見つめる。
ランサーは眉根を寄せてその視線に真っ向から立ち向かった。
幼なじみたちは、しばらく見つめあう。
「……ランサー。今年の抱負は?」
「“少しは当主らしくなれるよう努力します”。……これでいいのか?」
よし、とうなずくエミヤ。視線の力をほどいてセタンタを見つめると、その頭を撫でてやる。
セタンタは頬を赤くしてその腕の中からエミヤを見上げた。
目がきらきらと星屑のように輝いている。
「エミヤ」
「うん?」
「すげえ」
あの兄貴を……!
とでも言いたげな瞳でじっとエミヤを見つめるセタンタ。
その兄貴、であるランサーはごそごそと袖口を探って煙草を取りだすと、口に咥えた。
そうしてそっぽを向いてぼそりとつぶやく。
「“少しは”だけどな」
「ランサー! また君はそんなへりくつを……!」
ふん、と鼻を鳴らすランサーだった。



back.