「明日から学校だな」
うん、とセタンタはうなずく。エミヤはその頭を撫でながら笑った。
始終エミヤと一緒にいれなくなる。なんだかさびしいな、とセタンタは思うが、それが決まりなのだから仕方がない。それに、しっかり勉強して立派な大人にならなければ。
「……兄貴みたいになっちゃだめなんだ」
「なにひとりごと言ってんだ、ガキ」
ぐ、とにぎりこぶしを作ったセタンタに、ランサーが炬燵の中からつぶやく。彼はちょくちょくこの正月休み中もバイトに出かけていた。
その点でセタンタよりは勤勉であるのだけど。
だけど、やっぱり、気持ちとして兄より勝っていたい。
セタンタはエミヤに頭を撫でられながら、きっと兄を睨みつける。新たな年、遅くなったが宣戦布告の意味もこめて。
「オレは絶対立派な大人になって、エミヤを守ってやるんだ! 兄貴みたいな大人にはならないんだからな!」
ランサーは取りだしてくわえた煙草に火をつけようとしたところで、その宣言を聞いて手を止める。
ぴこ、とどこか間の抜けた感じに先端を揺らし。
ごそごそと炬燵から這いだしてきた。それも真顔で。
その様にセタンタはややびくついて後ずさる。「な、なんだよ」そう言いかけたところで―――――。
「いててててて!」
がっしと、セタンタの頭をランサーの手がわしづかんだ。
アイアンクロー。
「オレみたいな大人になりたくねえってのは、一体どういう意味だ?」
「って……そのままの意味……いてててて!」
「どういう意味だ?」
さわやかな笑顔でセタンタの頭を締めつづけるランサー。あくまで人畜無害なように笑って。
「オレはな、理不尽な言いがかりは嫌いなんだ。な? わかっただろ? ほら、なら、言うことがあるよな?」
「―――――ッ」
「ランサー!」
エミヤが叫ぶがランサーは気にしない。マイペースにそのままセタンタの頭を割ろうとしかねない強さでぎりぎりと締めつける。
「ごめん……っ」
「ああ? 聞こえねえな」
「ごめんなさいっ!」
どさ、と。
まるで荷物のようにランサーはセタンタを畳の上に落とした。セタンタ、と声を上げてエミヤはそんな哀れな子供の傍に駆け寄る。
そんな様子などどこ吹く風で、手をぷらぷらと振ってランサーはフィルタをがじりと噛んだ。
「ランサー、君な、新年早々……!」
「新年早々喧嘩売ってきた奴の方が悪いんだろ。なんだ、オレが全部悪いのかよ。オレだって傷つくこともあるんだぜ?」
「……うそだ……!」
涙目でつぶやいたセタンタに、こきりと指を鳴らしてランサーが視線を向けてみせる。まだ頭に残る痛みに反応して、セタンタは逃げた。エミヤの後ろに隠れてがるるる、と牙をむいている。
がるるるる。
「セタンタはただ、新年の抱負を述べただけではないか。それは……まあ、多少問題点があったとも言える。だがな、暴力に訴えるのはよくない」
「これがオレの愛だ」
「気持ち悪っ!」
「まーだ懲りてねえのかガキ」
「ぼ、暴力には屈しないんだからな!」
「そういうことはエミヤの後ろから出てきて言え」
セタンタは唇を噛むと、エミヤの後ろからそっと足を踏みだす。セタンタ、とエミヤが言ったが、彼は一歩一歩足を踏みだしていった。
セタンタからすれば、ランサーは見上げなければ顔が見えないほど背が高い。小学生と成人男子なのだから、当然なのだけど。
きっと強い視線を兄に向けて、セタンタは叫んだ。
「オレは立派な大人になるんだ! エミヤを守れるような、守りきれるような、立派な大人に―――――!」
ランサーは煙草に火をつける。そうして、ふうっとそのセタンタの顔に煙を吹きかけながら、
「言うのは簡単だぜ、ガキ」
けほけほけほ。
咳きこんだセタンタは、それでもランサーを睨みつける。
「絶対、オレはなるんだ!」
エミヤに駆け寄って、強くその腕に自らの腕を絡みつけて。
ランサーを睨みながら、セタンタは吠えた。
ランサーは半眼でその様子を見ている。
ふと、その後ろ髪が揺れた。
「ま、せいぜい頑張れや」
手を振って、ランサーは居間を後にする。あまりにもあっけない退場に、セタンタとエミヤはぽかんとした。
しばらくふたりでそうしていて。
「……った、やった! オレたちの愛の勝利だ、エミヤ!」
「あ、あい? あ、こら、セタンタ……」
正面から抱きつかれてエミヤは戸惑った声を上げる。だが、セタンタがうれしそうだったので戸惑いを素早くしまいこんで、その背中を軽くぽんぽんと叩いた。
「エミヤ。オレ、立派な大人になるからな。それでエミヤを守ってやるんだ」
子供特有の高い体温に抱きしめられながら、エミヤはそっとうなずいた。



back.