「エミヤ、ただいま!」
昼の少し前、元気のいい声がして玄関が開く音がした。と、いつもは部屋で待っているはずのエミヤがそこにいて。
「おかえり、セタンタ」
大事はなかったか?
そう、いつもの口調で問いかけてくれたので、セタンタはうずうずうず、とうれしくなった。抱きつきたい。
抱きつきたい、衝動をおさえて笑顔で答える。
「うん!」
「クラスメイトの皆は、元気だったか?」
「元気だった! カンタやミミもいつもどおりで今度スケート行こうなって」
エミヤも行こうな、というおねだりにエミヤはランドセルを受け取りながら苦笑する。私もか?とささやいて。
「うん、エミヤもだ! エミヤ、滑れるだろ?」
「一応滑れるが……」
「得意じゃなかったらオレが教えてやるよ!」
満面の笑みでセタンタが言うものだから、エミヤは小さく噴きだしてしまう。セタンタに手を引かれてスケートリンクを滑る自分。
それを想像したのだ。
「楽しみにしているよ」
だけれど、せっかくセタンタが言ってくれるのを断るのも心が痛む。だから、エミヤはそう返した。
うん!とセタンタは大きくうなずいた。
「なあエミヤ、今日の夕飯、七草粥なんだよな」
「ああ、毎年そうだろう?」
「そうだけど」
オレ、粥はあんまり好きじゃないけどエミヤの作る粥は好きだ。
セタンタはそう言うと、つないだ手に力をこめる。熱くてやわらかい手。エミヤは微笑ましくなって目を細める。
「学校ではさ、粥なんて食べないっていう奴もいたから」
「む、そうなのか」
顎に手をやって考えるエミヤ、真面目なその横顔を、きれいだとセタンタは思う。
元旦にテレビで見た初日の出よりもきれいだと。
「いいかセタンタ、七草は邪気を払うと言われているのだぞ」
「え、ほんとなのか?」
「本当だとも。早春にいち早く芽吹くことからそう呼ばれると言われている。それに、日本のハーブとも呼ばれているのだよ」
「ハーブ」
どことなくおしゃれなその響きは、くつくつ煮こまれて出てくる七草粥とはイメージが違ったがセタンタは感心してぐんぐんうなずいた。
「それに、正月は味の濃いものをよく食べるだろう? だから今ごろになると胃腸が疲れてきて、それを回復するため七草粥を食べるんだ」
「へえ!」
エミヤすげえ。
エミヤ物知り。
エミヤすきだ。
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ?」
「そうだ、よく覚えたな」
驚いたようにエミヤが言うから、セタンタは照れくさくなって笑ってしまう。去年は途中までしか覚えられなかったけれど。
エミヤのびっくりする顔が見たかったから、頑張った。
指折り数えて、途中で詰まって。だけど頑張って覚えた。
覚えたころにはちょっとした歌のように思えてきたから、不思議だ。
「新鮮な七草を用意した。たかが粥と侮られないように、きちんとしたものを作るから安心したまえ」
「なに言ってんだよ、エミヤ!」
セタンタは慌てて足を止めて、エミヤの手をぎゅうと握る。
やや驚いて目を丸くしたエミヤの手をさらに強く握って、叫ぶように言う。
「エミヤの作るものが美味くないわけがないだろ!」
そんなわけない!
エミヤの作るものが美味くないわけがない!
エミヤの作るものは、最高だ!
沈黙。
まっすぐにエミヤを見つめてちょっと怒ったような顔で。
呆気に取られたようなエミヤは、そんなセタンタを見つめ。ふ、と。
「―――――あ!」
笑いだしたエミヤに、セタンタが慌てたように言う。
「なんで笑うんだよ、エミヤ!」
「ああ、いや」
くすくすくす、とエミヤは笑う。
幸せそうな顔で、屈託なく。
「そこまで信用してもらえるとは、私は」
笑いながら、言う。
「エミヤは?」
「うん。幸せ者だと、思ってな」
セタンタはその間近の笑顔に、少しのあいだぽうっとすると。
我に返ったように首をぶんぶんと振り。
「幸せでなきゃ困る!」
そう、力いっぱい言いきったのだった。
「エミヤが幸せじゃないなんて、オレ、やだからな!」
エミヤは。
その言葉に軽く目を見開いて。
それから。
「―――――……ああ、ありがとう」
そう言って、セタンタの頭を撫でたのだった。


その日の夕飯は、約束通りすこぶる美味な七草粥がふるまわれたという。



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