成人の日。
テレビではきらびやかに着飾った新成人たちが笑顔を浮かべてインタビューに答えている。
セタンタはみかんを食べながら炬燵に入ってぼんやりとそれを見ていた。傍にはこねこさんがくるりと丸まってくっついている。
見るだけでほのぼのとしてしまう光景だ。
それを微笑ましく見ていたエミヤの目の前で、大きく開いた口からみかんを落としそうになりつつセタンタはつぶやいた。
「いいなあ……」
羨望のまなざし。
まさにそれだ。
「どうした、セタンタ」
あまりにもきらきらと輝いてうっとりとしたそのまなざしに、エミヤが問う。
ランサーはみかんを食べている。もくもく、黙々と。弟には一切関せず、といった様子だ。
「成人式」
「うん? ああ、そうだな」
ランサーと一緒に出たときのことを思いだして、エミヤは懐かしくなった。あのときは護衛たちを会場の外に出すので必死だったような気がする。それも思いだしてみるといい思い出のひとつなのだが。
「いいよなあ」
セタンタはほう、とため息をついた。薔薇色の頬に両手を当てて、頬杖をついている。きらきら光るは、瞳の星よ。
そんな童謡がなかっただろうか?いや、ないけれど。
セタンタは一心にテレビ画面を見ている。まっすぐに。純粋な憧れの目で。
とある年をすぎてしまえば出来なくなる目だ。
「成人式って、大人になったって証明なんだよな?」
「ああ、そうだな」
「すげえ!」
うらやましい!とセタンタはみかんを手にしたまま口を開けてテレビ画面を見た。
「オレも早く成人式に出たい!」
エミヤは気づく。そうか。
この子供は早く大人になりたくて仕方がないのだ。だから、成人式に憧れて。
憧れの目から見たら、着飾った新成人たちはさぞかしきらびやかに見えるだろう。まるで違う星の住人に見えるかもしれない。未知との遭遇だ。
「シンセイジンってかっこいいなあ……」
そう言うとまるで本当に違う星の住人のようだ。
「おい、ガキ」
みかんを黙々と消費しながらランサーがつぶやいた。その声は低く重々しい。重低音、大人の声といった感じだ。
セタンタは夢の世界から引き戻されてむっと頬をふくらませて言い返す。しっぽは剣呑に逆立っている。
なんだよ、と物語っている、しっぽで。
「大人なんてな、そんないいもんじゃねえぞ」
「な」
その言葉にセタンタの手からぽろりとみかんが落ちる。顔が強張って、すぐに怒りの表情になる。炬燵板に手をついて、ランサーに向かって吠えた。
「なんでだよ!」
「酒や煙草をやれるってだけだ。汗水流して働かないとならねえし、やたらと責任は出来るし、いいことなんざなんもねえぞ」
「君はそれらを楽しんでいるように見えるがな……」
「責任なんか兄貴全っ然果たしてねえじゃねえか!」
当主問題とか当主問題とか当主問題とか!
だがそれを華麗にスルーして、ランサーは横目で華々しい新成人たちを見る。
「こいつらも今は浮かれて笑ってる。だがな、すぐに後悔することになるだろうさ」
「そ、そんなことねえよ!」
「もうすでに後悔してる奴もいるかもしれねえな」
「そんなことねえってば!」
いい大人に成人への夢を完膚なきまでに否定されて、セタンタは半分涙目だ。
常のようにエミヤに抱きつくと、抱きしめられてちょっと安心する。抱きしめた当のエミヤは、きっと強い視線でランサーを見やった。
「ランサー、君な! 若者の将来への憧れをそんな風に……」
「あのな、エミヤ。若いうちから甘やかしてるといいことなんざねえぞ」
「甘やかしているわけでは…………ランサー、君、セタンタのことを考えて?」
しん、と沈黙が落ちる。
ランサーはみかんを口にした。もごもごもご、とまとめて一気に。
「ランサー……」
「あのな、エミヤ」
「君も素直じゃないな、まったく」
「おい、その笑顔やめろ。いや、やめなくてもいいが、うれしがるな。違うからな。おまえの考えてることとオレの思惑は違う。違うぞ。……おい、エミヤ」
「ふふ、恥ずかしがらなくとも良いのだぞ、ランサー」
「だから違うって言ってんだろが……」
エミヤの胸元に顔を埋めたまま、セタンタはうれしそうなエミヤの声と嫌そうなランサーの声を聞いていた。



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